この研究は、ギリシャ、ルクセンブルクの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Innovative Food Science & Emerging Technologies
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
アイスクリームは、氷の結晶、気泡、部分的にくっついた脂肪の粒が、濃縮された水分の中に散らばった複雑な構造をもつ食品です。そのなめらかな口あたりや、溶けにくさを保つために、一般には増粘剤・安定剤と呼ばれる添加物が少量使われます。しかし近年は、添加物表示を気にする消費者が増え、安定剤を使わない「クリーンラベル」の製品への関心が高まっています。
研究チームは、安定剤を加えずにアイスクリームの構造を安定させる方法として、高圧処理と酵素処理の組み合わせを検討しました。高圧処理は、加熱の代わりに強い圧力をかける技術で、牛乳のタンパク質の構造を変える働きがあります。もう一つはトランスグルタミナーゼという酵素で、タンパク質の分子同士を結び付ける(架橋する)性質があります。著者らは、この二つを組み合わせれば、従来の「均質化+加熱殺菌+グアーガム(安定剤)」による製品と同等かそれ以上の品質が得られるのではないかと考え、検証を行いました。
何を調べたか
論文によると、アイスクリームのもと(ミックス)は、水、全脂粉乳、低脂肪クリーム、砂糖類、乳化剤、そしてグアーガムを配合して作られました。最終的なタンパク質は2.5%、脂肪は7.2%です。
比較された処理は二通りです。従来型では、ミックスを均質化したうえで83℃で8分間の加熱殺菌を行いました。高圧処理型では、この均質化と加熱殺菌の両方を置き換えて、600MPaの圧力を55℃で10分間かけました。いずれの処理のあとに、トランスグルタミナーゼをタンパク質1gあたり0〜4単位の範囲で添加し、43℃で180分おいて架橋反応を進め、その後80℃で2分間の加熱により酵素の働きを止めています。処理したミックスは4℃で16時間熟成させ、家庭用のバッチフリーザーで凍結し、−40℃で1時間硬化させてから−26℃で保存されました。
評価項目としては、熟成中にミックスが二層に分離する程度、ミックスの流動特性(かき混ぜた際の粘り方)、凍結後の製品に含まれる空気の量(オーバーラン)、脂肪の不安定化の度合い、温度を変えながら測る粘弾性、溶け方、硬さ、熱伝導率などが調べられています。さらに、処理方法と酵素量のどちらがどの性質に効いているのかを切り分けるため、多変量解析の手法も用いられました。
報告された主な結果
まず、ミックスの分離についてです。酵素を加えない場合、加熱処理したミックスは全体積の17%程度にあたる明確な相分離を示しました。これは、グアーガムのような多糖類と乳タンパク質が水の中でお互いを避け合い、それぞれが濃い層に分かれる現象によるものです。酵素処理を行うと、この目に見える分離は小さくなりました。著者らは、酵素がタンパク質を結び付けて小さな集合体(ナノクラスター)にすることで立体的な障害が生まれ、分離が遅れると説明しています。
流動特性については、加熱処理でも高圧処理でも、ミックスはかき混ぜるほど粘りが下がる性質(せん断減粘性)を示しました。ただし、酵素との組み合わせ効果には大きな差がありました。加熱処理した場合、酵素を加えても粘りの指標(コンシステンシー係数)は63から76mPa·sⁿへのわずかな変化にとどまり、口の中で感じられる粘度はほとんど変わりませんでした。一方、高圧処理した場合は酵素量に応じて大きく増え、コンシステンシー係数は88から219mPa·sⁿへ、見かけの粘度は45から81mPa·sへと上昇しました。論文はこれを、高圧によってカセインの構造がほどけ、乳清タンパク質も変性することで、酵素による結合が起こりやすくなり、つながったタンパク質の網目が形成された結果と位置づけています。
凍結後の製品では、高圧処理したものは空気の混入量が多く、オーバーランは92.6%(加熱処理では82.5%)でした。脂肪の不安定化の度合いはさらに大きく違い、高圧処理で26.4%、加熱処理では2%と報告されています。酵素量については、タンパク質1gあたり2〜3単位のときに空気の混入が最も多くなり、それを超えると逆に減少しました。著者らは、架橋が進みすぎると脂肪の粒の表面が過度に安定化してしまうためだと述べています。
温度を変えながら測った粘弾性では、高圧処理と酵素処理を組み合わせた試料は複素粘度が高く、変形したときに粘性的に失われるエネルギー(粘性的散逸)も大きくなりました。著者らはこれを、よりクリーミーで変形しにくい構造を示すものとしています。また著者らは、両方の処理を組み合わせると氷結晶の大きさのばらつき(多分散性)が低下し、凝固点の低下が抑えられたとも報告しています。これについては、凍っていない水がタンパク質の網目に結び付けられ、動きにくくなったためと説明されています。
多変量解析の結果では、構造の違いを最も強く決めていたのは処理方法(加熱か高圧か)であり、溶け始める温度とコンシステンシー係数が両者を見分ける主要な指標でした。酵素の量は二次的な要因として、空気の混入量や溶け方に用量に応じた影響を与えていました。
この研究が示すこと
この研究は、高圧処理と酵素処理を順に組み合わせることで、グアーガムのような安定剤に頼らずに、アイスクリームの粘り、空気の抱き込み、溶けにくさといった構造上の性質を整えられることを、実験データとして示しました。とくに注目されるのは、酵素の効果が高圧処理と組み合わせたときにはるかに大きく現れた点で、二つの処理が別々にではなく互いを補い合う形で働いていることがうかがえます。また、酵素は多ければよいというわけではなく、適した量の範囲があることも明らかになりました。
なお、著者ら自身も、タンパク質の網目の構造や相分離の仕組みについては分子レベルでの確認が今後必要だと述べており、観察された変化の背後にあるメカニズムはまだ完全には解明されていません。それでもこの報告は、添加物に頼らない食品設計に向けて、加工技術と酵素をどう組み合わせるかという具体的な手がかりを与えるものといえます。
著者:Maria Tsevdou(National Technical University of Athens, School of Chemical Engineering, Laboratory of Food Chemistry and Technology, 5 Heroon Polytechniou Str., 15772 Athens, Greece)、Christos Soukoulis(Environmental and Industrial Biotechnologies Unit, Luxembourg Institute of Science and Technology (LIST), 5 avenue des Hauts Fourneaux, L4362 Esch-sur-Alzette, Luxembourg)、Evangelia Argentou(National Technical University of Athens, School of Chemical Engineering, Laboratory of Food Chemistry and Technology, 5 Heroon Polytechniou Str., 15772 Athens, Greece)、Petros Taoukis(National Technical University of Athens, School of Chemical Engineering, Laboratory of Food Chemistry and Technology, 5 Heroon Polytechniou Str., 15772 Athens, Greece)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Maria Tsevdou, Christos Soukoulis, Evangelia Argentou, et al. Combining high-pressure processing with transglutaminase pre-treatment for stabiliser-free ice cream production. Innovative Food Science & Emerging Technologies 2026-09-02. DOI: 10.1016/j.ifset.2026.104777. 原著ライセンス:CC BY.