著者の所属・活動拠点の国は、スイス、アメリカです。
掲載誌:Sustainability
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
世界の人口は今後60年ほどで100億人に近づくと見込まれています。食料生産を増やしながら、気候変動や地力の低下、水不足といった環境への負荷をどう抑えるか——この難題に取り組むため、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHチューリッヒ)とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らが、国ごとの食料供給の環境的な持続可能性を数値化する新しい指標を発表しました。名付けて「食料供給持続可能性指数(Food Supply Sustainability Index、FSSI)」です。
この研究が着目したのは、一国の食料自給の状況だけを見ても実態はわからない、という点です。多くの国は食料の一部を輸入に頼っており、その輸入元の国でどれだけ環境負荷をかけて作られた食料なのかまで含めないと、本当の意味での持続可能性は見えてきません。研究チームは、貿易によって環境負荷が「消えてなくなる」のではなく「他の場所に移されるだけ」ではないかという問いを立て、これを定量的に検証しています。
何を、どうやって調べたのか
FSSIは、国連食糧農業機関(FAO)の統計データベース「FAOSTAT」や水資源データベース「AQUASTAT」、国際食糧政策研究所(IFPRI)の貿易・食生活データをもとに、データが揃う151の国・地域を対象に構築されました。基準年は データの完備性から2021年が選ばれています。
指標は3つの柱で構成されます。1つ目は「炭素フットプリント」で、作物残渣の分解、稲作、作物残渣の焼却、家畜の消化管内発酵、家畜排せつ物の管理、合成肥料の使用、泥炭地など有機質土壌の排水、農地でのエネルギー使用、森林転用、サバンナ火災など12種類の排出源を積み上げ、IPCC第6次評価報告書の指標(メタンは27倍、一酸化二窒素は273倍として二酸化炭素換算)を用いて集計し、食料生産量(トン)あたりの排出量として算出されています。2つ目は「土壌劣化」で、耕地1ヘクタールあたりの窒素・リン酸・カリウムを合計した化学肥料の使用量と、農薬の使用量から評価されます。ただし著者らは、これは土壌そのものの状態を直接測定したものではなく、土壌にかかる化学的な圧力(インプットの量)を表すものだと断っています。3つ目は「水ストレス」で、農業などによる淡水の取水量が、環境用水を差し引いた再生可能な淡水資源に対してどれだけの割合を占めるかで評価されます。
各国のスコアは、望ましい状態(負荷ゼロ)と、実際に観測される中でも負荷が大きい水準(2011~2020年の分布の95パーセンタイル)との差を測る「目標との距離」という手法で0~100点に変換され、「非常に低い」から「極めて高い」までの5段階に分類されます。さらに、貿易統計をもとに各国の輸入依存度を反映させた「貿易調整後スコア」や、IFPRIの経済・水・作物モデル「IMPACT」による2050年までの気候シナリオ(18通りの気候・社会経済シナリオ)を使った将来予測も行われています。対象となる農産物は、乳製品、トウモロコシ、食肉、油糧作物、豆類、コメ、大豆、砂糖、小麦の9品目で、世界で最も広く取引され、カロリー供給上重要な品目として選ばれました。なお、この指標は栄養の質や微量栄養素の充足度までは扱っておらず、カロリー供給という観点に絞った分析であることが明記されています。
わかったこと——「持続可能」は豊かさの証ではない
国内生産だけを見た場合、環境負荷が高いのはサウジアラビアやオーストラリアのような乾燥地帯かつ農業が集約的な国であり、逆にアンゴラやマリなど多くのサブサハラ・アフリカの国々は負荷が低い部類に入りました。所得別に見ると、中程度以上の環境負荷に分類される国の割合は、低所得国で23.1%にとどまる一方、高所得国では71.4%に達しています。つまり、豊かな国ほど食料生産の環境負荷は大きく、貧しい国ほど(結果として)負荷の小さい生産をしている、という構図です。研究チームはこれを、意図的な選択というより構造的な制約の結果として生じる「必要に迫られた持続可能性」と呼んでいます。実際、健康的な食事を購入できる人口の割合と環境負荷スコアを重ねると、所得が高い国ほど食の入手しやすさも環境負荷も同時に高くなる傾向が見られ、食料アクセスと環境負荷の間にある種のトレードオフがあることも示されています。
次に、貿易を加味した「貿易調整後スコア」を見ると、世界全体のばらつきが縮まり、多くの国が中程度の負荷に収れんする傾向が見られました。たとえばサウジアラビアは、国内生産だけなら「極めて高い」負荷に分類されますが、輸入を加味すると「中程度」まで下がります。逆に、エジプトやサウジアラビアなど北アフリカ・中東の国々は輸入によって負荷が大きく下がる一方、サブサハラ・アフリカの国々では輸入によってむしろ負荷が上がるケースが目立ちました。つまり貿易は、高所得国や貿易統合が進んだ国にとっては自国の環境負荷を実質的に「外部化」する手段になっている一方、低所得国、とりわけサブサハラ・アフリカにはその負荷のしわ寄せが向かいやすい、というのが研究チームの解釈です。
将来予測(2050年まで、シナリオSSP2・SSP3)でも同様の傾向が確認されました。高所得国のスコアは比較的安定して推移する一方、低所得国では時間とともに環境負荷スコアが上昇する傾向があり、不確実性の幅(複数シナリオ間のばらつき)も低所得国や南アジア、サブサハラ・アフリカで大きくなっています。高負荷な気候シナリオ(SSP3)のもとでの2050年時点の変化を国別に見ると、負荷の増加が大きいのは低所得・低中所得国に集中し、サブサハラ・アフリカが最も目立つ地域とされました。研究チームは、負荷の変化が大きい国ほど人口増加や輸入量の変動も大きい傾向があると付け加えています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
著者らは、この指数がいくつかの前提や簡略化の上に成り立っていることを明記しています。第一に、持続可能性という広い概念のうち、この指数が扱うのは炭素・土壌・水という3つの環境的側面に限られ、社会的・経済的な要素は含まれていません。第二に、土壌劣化については、土壌有機炭素など土壌そのものの状態を示す世界共通のデータが存在しないため、肥料・農薬の投入量という「圧力側」の代理指標にとどまっています。第三に、貿易による環境負荷の移転は、代替効果や輸送に伴う排出、消費行動の変化などを考慮せず、輸入量に比例して単純に負荷が伝播するという仮定のもとで計算されています。また将来シナリオは、各国内の生産の持続可能性が変わらないという前提のもとで貿易パターンの変化だけを反映させたものであり、技術進歩や適応策の効果は加味されていません。著者らは、これらの予測を精密な将来予測としてではなく、傾向を示す目安として読むべきだとしています。対象国も、データが揃う151か国・地域に限られている点も留意点として挙げられています。この研究は特定の国の食料政策の是非を判定するものではなく、各国が自国の立ち位置を比較し、輸入先の分散や低負荷な調達先への切り替え、低所得国での持続可能な増産支援といった政策的な優先課題を見つけるための、透明性のある比較ツールとして提案されたものです。
今回の研究は、豊かな国の「環境負荷の低い食生活」が、実は輸入を通じて他国に負荷を移した結果である可能性を数値で示した点に意義があります。ただし、これは特定の食品や国を名指しで評価するものではなく、一つの指標設計とその試算結果であることに留意が必要です。今後、対象品目や指標の拡張、地域別の詳細な分析が進むことで、貿易と食料の持続可能性をめぐる議論はさらに精緻化されていくと考えられます。
原著論文の著者・所属:Clement Boucher(Department of Management, Technology, and Economics, ETH Zurich, 8092 Zurich, Switzerland)、Gregory N. Sixt(Abdul Latif Jameel Water and Food Systems Lab, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA 02139, USA)、Kenneth M. Strzepek(Abdul Latif Jameel Water and Food Systems Lab, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA 02139, USA)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Clement Boucher, Gregory N. Sixt, Kenneth M. Strzepek. Redistributed, Not Reduced: The Role of International Trade in Global Food Supply Sustainability. サステナビリティ (2026). DOI: 10.3390/su18168176. 原著ライセンス: cc-by.