著者の所属・活動拠点の国は、韓国です。
掲載誌:Food Science of Animal Resources
ライセンス: CC BY-NC-ND 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
ステーキや焼き肉、唐揚げなど、私たちの食卓に欠かせない「肉」。しかし世界の人口は2050年までに97億3千万人に達すると見込まれ、食肉・乳製品・卵など畜産物の世界的な需要は今後8%増加すると推計されています。一方で従来型の畜産業は、環境負荷や動物福祉、消費者意識の変化といった課題に直面しています。韓国・ソウル大学校の研究者らによる本レビュー論文は、こうした状況の中で食肉生産がどのような技術革新によって変わりつつあるのかを、歴史的な経緯も踏まえながら整理したものです。
肉と人類の歩み、そして現代の課題
論文はまず、肉食が人類の進化や社会形成にどう関わってきたかを振り返っています。旧石器時代には、狩猟で得た高エネルギーの肉食が脳の発達や体格の変化など人類の生物学的進化を後押しし、火や石器を使った調理・解体の技術が共同体の社会的なつながりを強めたとされています。その後、新石器時代の農耕・牧畜の開始により肉の消費は減少し、穀物中心の食生活への移行が身長の低下や栄養関連の疾患増加と関連していたことが考古学的証拠から示されています。中世以降は選択的育種や産業革命によって畜産の生産性が向上し、20世紀には世界的なコールドチェーン網の整備もあって肉食が日常的なものになりました。その一方で、赤肉・加工肉の摂取と発がんリスクとの関連を指摘した国際がん研究機関(IARC、世界保健機関の一機関)の報告や、工場式畜産に対する動物福祉上の懸念、温室効果ガス排出など、現代の食肉生産が抱える課題も整理されています。
畜産業を変えつつある技術革新
論文の中心は、こうした課題に対応するために従来型の畜産・食肉生産の現場で進んでいる技術革新の紹介です。まず挙げられているのが、近赤外分光やラマン分光、可視光・熱・X線を使ったイメージング技術、そして表面の空間情報とスペクトル情報を同時に取得できるハイパースペクトルイメージング(HSI)です。これらの非破壊的な手法で得られたデータを機械学習や深層学習のモデルに学習させることで、牛肉のアミノ酸含量や脂質酸化生成物、揮発性塩基窒素、食感などを予測する研究や、豚肉の塩味・脂肪感・うま味といった官能特性をHSIと機械学習の組み合わせで予測する研究が報告されています。さらにスマートフォンで撮影した牛肉画像から人工ニューラルネットワークモデルでやわらかさ(テンダネス)を推定するアプリの開発例も紹介されており、消費者から生産者まで手軽に肉質を評価できる技術への関心の高まりがうかがえます。ただし著者らは、機器導入コストの高さや、照明・温度・湿度など撮影環境が変わるとモデルの汎化性能が落ちる点、大量データの蓄積と定期的な更新が必要になる点などを課題として挙げています。
IoTセンサーやビッグデータ解析、自動ロボット、AIを組み合わせた「スマート畜産」も取り上げられています。センサーで家畜の行動パターンを収集し、AIで健康状態や福祉の度合い、生産性を推定する仕組みで、韓国在来種である韓牛(ハンウ)の個体を、監視カメラ網と深層学習を組み合わせたシステムで識別した研究や、畜牛の貧血を畳み込みニューラルネットワークで検出し寄生虫管理に役立てた研究が紹介されています。一方で、設備投資コストの高さや、農村部でのネットワーク整備の遅れ、学習用データセットが不足している点が実用化への障壁として指摘されています。
肉の熟成(エイジング)技術についても具体的な知見が紹介されています。従来のウェットエイジング(真空包装のまま熟成)やドライエイジング(包装せず空気中で熟成)に加え、両者を組み合わせて期間を短縮する「段階的熟成」や、Mucor flavus、Penicillium属、Debaryomyces hansenii などの微生物をあえて肉表面に接種してドライエイジングを促進する手法が報告されており、揮発性香気成分や遊離アミノ酸の増加、官能評価の向上につながったとされています。また、CRISPR/Cas9などのゲノム編集技術を使い、鳥インフルエンザやPRRS(豚繁殖・呼吸障害症候群)などの疾病に強い家畜をつくる研究、筋肉量に関わるミオスタチン遺伝子を欠損させて発育や肉質を改善する研究、暑さに強いSLICK遺伝子をホルスタイン種に導入する研究なども紹介されています。ただしこれらは規制の国ごとの違いや消費者の受容、意図しない遺伝子改変(オフターゲット変異)のリスクといった課題も抱えていると述べられています。このほか、気候変動への適応策として日陰施設や飼料の工夫による家畜の暑熱対策、食品廃棄物や昆虫由来タンパク質を使った飼料の循環利用など、温室効果ガス削減に向けた取り組みも紹介されています。論文はさらに、細胞農業(培養肉など、動物細胞を培養してつくる食品)についても、従来型の食肉生産や植物由来の代替肉と並ぶ将来の選択肢として位置づけていますが、この記事で参照した範囲では消費者受容や価格、技術的なハードルといった課題がある段階だとされています。
この記事を読むうえで
本研究は特定の実験結果を報告するものではなく、これまでに発表された多数の研究を著者らが整理し、今後の展望を論じたレビュー論文です。紹介されている個々の技術も、実験室や一部の生産現場での成果であり、実用化にはコストや精度、規制対応など多くの課題が残っている点に留意する必要があります。また、ここで紹介した内容は論文本文の一部にとどまり、論文全体ではさらに幅広いテーマが扱われています。
肉食の歴史を振り返ると、私たちの「肉との付き合い方」は技術や社会の変化とともに繰り返し姿を変えてきたことがわかります。イメージング解析やスマート畜産、ゲノム編集、熟成技術の工夫など、今回紹介した研究の数々は、持続可能で効率的な食料システムに向けた模索の一端を示すものといえるでしょう。
著者:Dongheon Lee(Department of Agricultural Biotechnology, Research Institute of Agriculture and Life Sciences, and Center for Food and Bioconvergence, Seoul National University, Seoul, 08826, Republic of Korea)、Cheorun Jo(Department of Agricultural Biotechnology, Research Institute of Agriculture and Life Sciences, and Center for Food and Bioconvergence, Seoul National University, Seoul, 08826, Republic of Korea. [email protected])
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Dongheon Lee, Cheorun Jo. The future of meat: innovations in production within an expanding and sustainable food system. フード・サイエンス・オブ・アニマル・リソーシズ (2026). DOI: 10.1007/s44463-026-00079-4. 原著ライセンス: cc-by-nc-nd.