著者の所属・活動拠点の国は、チェコです。

掲載誌:Tecnoscienza

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

チェコでは2021年ごろから経済・エネルギー面の不安が高まり、一部の人々が森に目を向けるようになりました。きのこやベリーなどの「森の恵み」を集めて家計の足しにすることが、報道や公の議論でも勧められるようになったのです。論文によると、チェコでは国土の34%が森林で、2020年の公式推計では約83.5%の世帯がきのこ採りをしていました。法律上、森は誰でも利用できる場所とされ、自家消費目的であれば私有林でも国有林でも、採る量に制限はありません。

一方で、商業目的の大量採取は「森の略奪」として批判もされています。採集者は「自分の生活は自分で守れ」という責任と、「自然を壊すな」という責任の板挟みにあると著者は指摘します。この研究は、こうした状況の中で日々のきのこ狩りが、森を個人の利益のための単なる資源から、人間と人間以外の生き物がともに関わる場へと変えうるのかを問うものです。

その際の鍵となるのが「コモンズ」と「レスポンス・アビリティ」という考え方です。コモンズとは、国家にも市場にも任せず、人々が共同で管理・維持する共有資源やその営みを指します。レスポンス・アビリティは「応答する力」とも訳せる概念で、人間と人間以外の存在が互いに依存し合っていることを踏まえ、ともに生きる相手へのケアを通じて生まれる責任のあり方を意味します。

どのように調べたか

本論文は、チェコにおける人間と菌類の共存をテーマに著者が4年間取り組んだ博士研究にもとづく民族誌的研究です。研究の大きな部分は、チェコ科学アカデミー社会学研究所のプロジェクトの一環として行われました。著者は採集者への聞き取りのほか、省庁の担当者やチェコ菌学会の関係者へのインタビューも行い、報道記事などもあわせて分析しています。

著者は、子どもの頃に両親ときのこ狩りをした経験から、当初はこの営みを理想化しがちだったと振り返っています。そのため調査では、環境への配慮と個人の経済的利益が混ざり合う、きのこ狩りの両義的な側面にも意識的に目を向けたと述べています。

主な報告内容

著者らは、採集者が森との関係を築くあり方を三つの層で捉えています。一つ目は、採集者が森の生き物の集まりに、一直線ではないかたちで少しずつ同調していくこと。二つ目は、「資源を搾取する者」と「環境活動家」という二択には収まらない、利害から無縁ではない(論文の言う「無垢ではない」)ケア。三つ目は、道具的な目的にとどまらない、その土地に根ざした知識を他の人へ伝えていくことです。

二つ目のケアについて、論文は具体例を挙げています。多くの子どもを育てながら、きのこを売った収入を家計の支えにしているある家族は、仲間が迷子になりそうなとき以外は森で大声を出さないよう子どもたちに教えていました。人間の音を控えることで動物を驚かせずに済み、人間の側も鳥の声など人間以外の音に耳を澄ませられるようになります。採集者は森から利益を得ていますが、その一方で森の静けさを守る役割も果たしている、と著者は読み解きます。

土の中の菌糸についても同様の視点が示されます。菌学会の関係者は、大勢の採集者が土を踏み固めて菌糸を傷めることを懸念していました。一方で、イノシシが掘り返す被害のほうが大きいという菌学者の新聞での発言も紹介されています。森を利用し影響を与えるのは人間だけではなく、さまざまな生き物がそれぞれ森での存在のしかたを調整し合っている、というのが論文の見方です。

さらに著者は、採集者があまりに多いことが、結果として森を開かれた場に保っている可能性にも触れています。社会の大きな部分を敵に回すことになるため、政治家は採集や森への立ち入りを制限しにくいというのです。採集者は政治的な目的で動いているわけではありませんが、その行為は政治的な帰結をもたらしている、と論文は論じています。また、森は食べ物や心のよりどころを人に与えており、人間と森は互いにケアし合う関係にあるとも述べています。

この研究が示すもの

著者は、日常のきのこ狩りを、人間以外の生き物を含み、政治的な意図を持たず、互いに支え合うコモンズの営みとして捉えています。採集者は完全に個人主義的でも、純粋に利他的でもありません。コモンズを「国家・市場による管理」と「活動家による管理」という対立だけで考えると、こうした日々の応答のあり方が見落とされてしまう――それがこの論文の伝える主要なメッセージです。

原著論文の著者・所属:Lukáš Senft(Institute of Sociology of the Czech Academy of Sciences)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Lukáš Senft. Foraging Response-ability: Between Individual Profit and Multispecies Commons. Tecnoscienza 2026-09-30. DOI: 10.60923/issn.2038-3460/18403. 原著ライセンス:CC BY.