著者の所属・活動拠点の国は、エチオピア、ドイツです。
掲載誌:Journal of Plant Diseases and Protection
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
パンコムギは世界の主要な穀物で、エチオピアはサハラ以南アフリカの主要な生産国の一つです。論文によると、同国では190万ヘクタールを超える面積で栽培され、食料の確保や農村の暮らしを支えています。一方で、土の中の病原体のように生産性を下げる生物的な要因は十分に調べられておらず、とくに植物に寄生する線虫による被害の情報は限られています。
線虫は土の中にすむ微小な生きものです。このうち根腐線虫の一種プラティレンクス・ソルネイ(Pratylenchus thornei)は、コムギの根に入り込んで内部に傷(病斑)をつくります。その結果、水や養分を吸い上げる力が弱まり、生育や収量が落ちます。論文は既存の報告として、オーストラリアなどの主要産地で感染が激しい場合に大きな減収が起きたことを紹介しています。アフリカでも南アフリカ、モロッコ、アルジェリアで見つかっていますが、東アフリカでの分布や重要性の情報は乏しく、エチオピアではコムギ畑での発生も病原性も調べられていませんでした。
そこで研究チームは三つの課題を設定しました。エチオピアのアルシ地域のコムギ畑にこの線虫がいるかを確かめること、形の観察と遺伝子の解析で種を特定すること、そしてパンコムギの品種に対する病原性を温室で評価することです。
調査と実験の方法
研究チームは2023年10月、東アルシ県と西アルシ県の主要なコムギ生産地区3か所で、39のコムギ畑から土と根の試料を集めました。調査地は標高およそ2200メートル以上の冷涼な高地で、コムギ栽培に適した地域です。土と根から線虫を取り出し、数の多かった試料をドイツの研究機関へ送って詳しく調べました。
種の特定には二つの方法を使いました。一つは、顕微鏡で成虫の雌の体長や口の周りの形、尾の形などを観察・計測し、これまでに記載された特徴と比べる方法です。もう一つは、1匹の雌からDNAを取り出し、種の判別によく使われる「18S rDNA」という遺伝子領域の配列を読む方法です。得られた配列は、すでに登録されている近縁種の配列と比べ、系統関係も解析しました。
病原性を調べる実験では、畑の土で増やした線虫を、パンコムギ2品種(アバイとビカ)の苗に1鉢あたり500匹ずつ接種しました。品種ごとに6鉢を用意し、接種しない鉢と生育を比べました。あわせて、線虫がどれだけ増えたかを示す「増殖率」を求めました。これは、最後に根と土から見つかった線虫の数を、最初に接種した数で割った値です。
主な結果
顕微鏡による観察では、唇の部分にある3本のはっきりした環状の筋、腹側へ少し曲がった体、この種に典型的な細くなる尾など、プラティレンクス・ソルネイの特徴が確認されました。平均体長は約542マイクロメートルで、中国やカナダ南部の集団の報告より少し短いものの、種の最初の記載で示された範囲に収まっていました。
遺伝子解析では、エチオピアの5つの分離株のうち4つが、オランダとベルギーで報告されたこの種の配列と100%一致しました。残る1つも98%一致しました。系統解析でも、エチオピアの株は近縁種とはっきり区別され、プラティレンクス・ソルネイのまとまりに含まれました。
温室での実験では、両品種の根の中で線虫の雌や産みつけられた卵が観察され、根の中で定着して生活環を進めていることが確かめられました。増殖率はアバイで4.76、ビカで4.17で、品種間に統計的に意味のある差はありませんでした。接種した株では生育不良や分げつ(茎の枝分かれ)の減少、根の壊死した病斑が見られました。草丈、根の大きさ、根や地上部の生の重さ、1株あたりの分げつ数などは、接種しない株に比べて有意に低下しました。
研究が示すこと
著者らは、形と遺伝子の両面からの解析にもとづき、これがエチオピアのパンコムギにプラティレンクス・ソルネイが寄生していることを確かめた初めての報告だとしています。調べた2品種はいずれも増殖率が4を超え、この線虫がよく増える宿主でした。論文は、条件がそろえば線虫の数が大きく増えるおそれがあり、エチオピアでもこの線虫が経済的に重要になりうることを示すと述べています。
さらに著者らは、アルシ地域の高地の環境が、この線虫の定着や拡大に適している可能性を指摘しています。ただし、エチオピア国内での分布の広さや、実際のコムギ生産への影響はまだ明らかになっていない、とも明記しています。今回の研究は、これまで見過ごされてきた土の中の害虫の存在を、同国のコムギ生産の課題として初めて示したものといえます。
原著論文の著者・所属:Keneni D. Tesema(College of Agriculture & Veterinary Medicine, Jimma University, P.O. Box 307, Jimma, Ethiopia; School of Plant Sciences, College of Agriculture and Environmental Sciences, Haramaya University, P.O. Box 138, Dire Dawa, Ethiopia)、Zelalem Bekeko(School of Plant Sciences, College of Agriculture and Environmental Sciences, Haramaya University, P.O. Box 138, Dire Dawa, Ethiopia)、Abdi Mohammed(School of Plant Sciences, College of Agriculture and Environmental Sciences, Haramaya University, P.O. Box 138, Dire Dawa, Ethiopia)、Jan H. Schmidt(Julius Kühn Institute, Federal Research Center for Cultivated Plants, Institute for Epidemiology and Pathogen Diagnostics, Messeweg 11-12, 38104, Brunswick, Germany)、Johannes Hallmann(Julius Kühn Institute, Federal Research Center for Cultivated Plants, Institute for Epidemiology and Pathogen Diagnostics, Messeweg 11-12, 38104, Brunswick, Germany)、Beira H. Meressa(College of Agriculture & Veterinary Medicine, Jimma University, P.O. Box 307, Jimma, Ethiopia; Julius Kühn Institute, Federal Research Center for Cultivated Plants, Institute for Epidemiology and Pathogen Diagnostics, Messeweg 11-12, 38104, Brunswick, Germany)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Keneni D. Tesema, Zelalem Bekeko, Abdi Mohammed, et al. First report of the root-lesion nematode Pratylenchus thornei infecting bread wheat (Triticum aestivum) in Ethiopia. Journal of Plant Diseases and Protection 2026-08-21. DOI: 10.1007/s41348-026-01343-x. 原著ライセンス:CC BY.