この研究は、アメリカ、ノルウェー、イギリス、モルディブ、インドネシアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Environmental Research Food Systems
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を問題にしたのか
スーパーや飲食店で見かける「持続可能な水産物」のラベルは、ここ十数年で急速に広まりました。海洋管理協議会(MSC)認証やフェアトレード認証、漁業改善プロジェクト(FIP)といった仕組みは、まとめて「自主的持続可能性基準(VSS、企業や漁業者が任意で参加する民間主導の基準)」と呼ばれます。研究チームによれば、これらの制度は共通の前提に立っています。すなわち、持続可能な取り組みに参加した漁業は市場に優先的に参入でき、あるいは高い価格を得られるため、その経済的な見返りが環境に配慮した行動を促すという「変化の理論」です。
ただし研究チームは、この前提がどこまで成り立っているのか、証拠は一貫していないと指摘します。認証製品に価格上乗せが確認された研究もある一方、多くの研究では上乗せは不安定で、小規模生産者にまで伝わることはまれだと報告されてきました。そして制度の焦点が環境面に絞られているため、社会的な公平性——費用と利益が誰に、供給網のどの段階で生じるのか——はよく分かっていません。著者らはこの空白を埋めることを目的に、三つの小規模漁業を事例として調べました。
どのように調べたか
対象となったのは、モルディブのカツオ漁業(MSCとフェアトレードが重なって導入され、政府の関与が大きい事例)、インド・タミルナドゥ州パルク湾のタイワンガザミ漁業(加工業者団体が主導するFIPが動いており、小規模な刺し網漁が底引き網船団と同じ海域を共有する事例)、インドネシア・マルク州のキハダマグロ一本釣り漁業(FIPを経て2025年にMSC認証を取得し、一部の地域では2014年からフェアトレードも実施されている事例)です。いずれも主に米国と欧州の市場へ出荷されており、規模や対象魚種、流通の形は異なります。
方法は複数の手法を組み合わせたものです。文献調査で各漁業の背景を整理したうえで、半構造化インタビューやフォーカスグループ、非公式な会話を現地で行い、合わせて222人から話を聞きました。同時に、漁獲量や貿易の流れ、供給網の各段階での価格変化を国の統計や税関データ、国連の貿易統計などから分析し、供給網に関わる事業者(モルディブ37社、インド47社、インドネシア59社)の構造も調べました。さらに三つの事例に関わる36の組織について、掲げる価値観や事業上の動機がどれだけ一致しているかを共通の評価基準で検討しています。最後に、モルディブ、インド、インドネシアで計138人が参加する検証ワークショップを開き、得られた知見を現地の関係者と確認し、改善策を一緒に考えました。
公平性の捉え方には、既存の枠組みを用いています。利益と負担の配分(配分的)、意思決定への参加(手続き的)、多様な知識や権利の承認(承認的)、地元による管理の主導(管理)、地域の環境の質の保全(環境的)、参加を支えたり妨げたりする社会・経済・政治の構造(文脈的)という六つの側面から分析しました。
報告された主な結果
著者らは、制度の外側にある力関係や構造的な条件が、認証の効果を大きく左右していたと報告しています。モルディブでは、2012年に同国が主導して地域漁業管理機関で規制が変わり、自国のカツオ漁船団の認証が実現しました。ところが同じ回遊性のマグロ資源を対象とする外国の大型まき網船団四つも、後に同様にMSC認証を取得しました。業界関係者の一人は、以前は認証の利益が費用を上回っていたが、その差が縮まり、まき網船が認証された後はラベルの意味が薄れたと語っています。研究チームは、EU船籍の船団がモルディブよりおおむね低い価格でマグロを販売してきたことを貿易データが示しており、制度が前提とする競争上の優位が損なわれている可能性があると述べています。
インドのパルク湾では、力関係はより地域的な形で現れていました。時間や場所による住み分けの規制はあるものの、底引き網船がカニの漁場を通り、漁具を壊してしまうという証言があり、補助金を受けた底引き網船団の操業がカニ漁業者の収入とFIPの環境目標の両方を損なっていると報告されています。加えて、漁業者の間に世代を超えて広がる借金が、加工業者や仲買人との関係に人々を縛りつけ、FIPによる価格の変化という信号を見えにくくしていました。多くの地域は貧困線付近で暮らし、村によっては安全な飲料水も安定して得られません。小さなカニや卵を抱えたカニは公開市場で良い値が付くため、収入不足の中で放流する余裕がなく、FIPの基本的な環境目標さえ達成が難しくなると著者らは指摘します。
一方インドネシアでは、地元団体の長年の活動、地域の設備への民間投資、天候不良時の農業など代替収入への道といった条件が積み上がり、地域が制度に関わる余地をつくっていました。それでもセラム島やブル島のように市場から遠い地域では輸送や取り扱いの費用が高く、価格の上乗せが目減りする可能性があるとしています。モルディブでは国内の加工能力の制約が付加価値づけを妨げ、原料としてタイへ輸出されることで利益が他国の加工業者に多く渡っているという漁業者の声が紹介されています。
さらに三つの事例に共通して、資源への圧力の高まりと、資源分布の変化や気候の予測しづらさが重なっていました。インドの漁業者は以前は自然のパターンを読めたが今は変わってしまったと語り、モルディブの漁業者は海面水温が高く不安定でマグロの分布を予測しにくくなったと述べ、インドネシアの漁業者も漁の見通しが立ちにくいと話しています。著者らは、こうした問題に対して制度には明確な対処の道筋がなく、負担は経済的に脆弱な地域に偏って及ぶと報告しています。
この研究が示す意味
著者らの分析は、認証やFIPそれ自体の設計だけを見ていては、誰が恩恵を受けるかを説明できないことを示しています。同じ資源をめぐる交渉力の差、借金や貧困、他の漁業との競合、流通の不透明さといった制度の外側の条件が、価格の信号を薄めたり、参加の意欲を削いだりしていました。
中低所得国の小規模漁業へこうした制度が広がっていく中で、研究チームは、うまくいった方策から学び、その土地ごとの公平性の課題に応えることが、公正で長続きする保全の成果につながるうえで欠かせないと結論づけています。「持続可能な水産物」というラベルの背後で、費用と利益がどこに落ちているのかを問い直す視点を、この研究は提供しています。
著者:Shreya Yadav(Conservation International)、Marah J. Hardt(CEA Consulting)、Lauren Apollaro(CEA Consulting)、Frances Mapes-Pearson(Institute of Food Technologists)、Alison Grantham(Grow Well Consulting LLC)、Blake Harris(Institute of Food Technologists)、Hoyt Peckham(Blue Ventures)、Abdulla Shakir Mohamed(Independent Consultant)、M Shiham Adam(International Pole and Line Foundation Maldives)、Anes Jerina(Independent consultant)、S. Velvizhi(MS Swaminathan Research Foundation)、Yudi Herdiana(Konservasi Indonesia)、Victor Nikijuluw(Konservasi Indonesia)、Candida Putri(Konservasi Indonesia)、Yolanda Apituley(Universitas Pattimura - Kampus Poka-Unpatti)、Dionisius Bawole(Pattimura University - Poka-Unpatti Campus)、Juno Fitzpatrick Castillo(Conservation International)、Elena M. Finkbeiner(Conservation International)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Shreya Yadav, Marah J. Hardt, Lauren Apollaro, et al. Who benefits from sustainable seafood? Examining equity across voluntary sustainability standards in small-scale fisheries. Environmental Research Food Systems 2026-09-09. DOI: 10.1088/2976-601x/aea4b8. 原著ライセンス:CC BY.