脳の中には神経細胞だけでなく、アストロサイトと呼ばれるグリア細胞が数多く存在し、神経細胞への栄養供給やシナプス機能の調整、血液脳関門の維持など、脳の状態を安定に保つさまざまな働きを担っています。ところが脳が傷害を受けると、このアストロサイトは形や遺伝子の働き方、機能を大きく変化させ、「反応性アストロサイト」と呼ばれる状態になることが知られています。反応性アストロサイトは病気の種類や脳の部位、時間経過によって多様な状態をとることが指摘されており、それぞれが病気の進行にどう関わっているのかを解き明かすことは、神経疾患の理解にとって重要な課題とされています。

この反応性アストロサイトでは、細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)シグナルに異常が生じることが、多くの病態で報告されてきました。中でもP2Y1Rという、細胞外のプリン(ATPなど)を感知してCa2+シグナルを起こすGq共役型の受容体は、アルツハイマー病やてんかん、脳卒中、外傷性脳損傷といった性質の異なる複数の脳疾患モデルの反応性アストロサイトで、共通して発現が増えることが知られていました。しかし、このP2Y1Rの増加が実際に病気の進み方にどう関わり、どのような分子を介して影響を及ぼすのかという下流の仕組みは、これまで明らかになっていませんでした。

アストロサイトでP2Y1Rを増やしたマウスで何が起きたか

この研究では、アストロサイトだけでP2Y1Rを過剰に発現させたマウスを作製し、その脳でどのような変化が起こるかを調べています。その結果、海馬の神経細胞の発火頻度が増加し、脳波では異常なスパイク(突発的な波形)が増え、さらにピロカルピンという薬剤で誘発するてんかん重積状態に対する感受性が高まるなど、神経が過剰に興奮しやすい状態になることが確認されました。

この現象を引き起こしている分子を特定するため、研究チームはCa2+イメージングや電気生理学的な記録、トランスクリプトーム解析(遺伝子発現の網羅的な解析)、免疫組織化学、さらにはアストロサイトだけを狙ったゲノム編集技術など、複数の手法を組み合わせて解析を進めました。その結果、アストロサイトから分泌されるタンパク質であるIGFBP2が、神経の興奮性を高める実行分子として同定されました。つまり、P2Y1Rが増えたアストロサイトがIGFBP2を分泌し、これが神経細胞の過興奮を引き起こす一連の流れが示されたことになります。

さらに、実際のてんかんモデルや脳梗塞モデルの反応性アストロサイトを調べたところ、こちらでもP2Y1RとIGFBP2の発現がともに増加していることが確認されました。この結果から、P2Y1RからIGFBP2に至る一連のシグナル伝達の経路が、性質の異なる複数の脳疾患に共通する病態形成の仕組みである可能性が示唆されています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究は、山梨大学大学院総合研究部の研究者らによってまとめられたものです。マウスを用いた実験モデルでの解析結果であり、ヒトの脳で同じ仕組みがそのまま働くと確定したわけではありません。反応性アストロサイトは疾患の種類や病期によって多様な状態をとる連続体として存在するとされており、今回示されたP2Y1R‐IGFBP2の経路も、数ある反応性アストロサイトの関与の仕方の一つを明らかにしたものと捉えるのが妥当です。一つの研究であり、神経疾患の全体像や治療法の確立につながる結論が確定したわけではない点に留意が必要です。

まとめ

今回の研究では、脳を支えるアストロサイトの受容体P2Y1Rが増えることで、分泌タンパク質IGFBP2を介して神経細胞の過興奮が引き起こされる可能性が示されました。てんかんや脳梗塞のモデルでも同様の変化が見られたことから、この経路が複数の脳疾患に共通する仕組みである可能性が示唆されています。今後、この経路がヒトの疾患にどう関わるのか、さらなる研究の進展が注目されます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Eiji Shigetomi, Schuichi Koizumi. アストロサイトGq-GPCRの発現亢進から紐解く神経疾患の分子メカニズム. 日本薬理学雑誌 (2026). DOI: 10.1254/fpj.26045.