この研究は、インド、アメリカの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Molecular Biosciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
私たちの体の中では、呼吸や代謝といった日常的な営みにともなって「活性酸素種(ROS)」と呼ばれる反応性の高い分子が絶えず生まれています。放射線や化学物質、環境汚染、感染などの外的要因も、その発生源になります。研究チームは、活性酸素はある程度までなら細胞が備える抗酸化のしくみで処理されるものの、その処理能力を超えて増えすぎるとDNAやタンパク質、脂質を傷つけ、細胞の働きを乱すと説明しています。こうした「酸化ストレス」の蓄積は、代謝疾患や炎症、がんなどの健康障害や老化の進行と関連づけられてきました。
そこで近年注目されているのが、食品や微生物に由来する天然の抗酸化物質です。なかでも乳酸菌がつくり出す「菌体外多糖(EPS)」は、菌が細胞の外へ分泌する糖のつながった大きな分子で、抗酸化のはたらきを示すことが報告されてきました。この研究チームは以前、インドの伝統的な発酵食品である「イドリ」の生地から分離した腸球菌 Enterococcus hirae OL616073 がつくるグルカン(ブドウ糖がつながった多糖)の性質を報告しています。今回の研究の目的は、このグルカンEPSが実際に酸化ストレスを和らげる力を持つかどうかを、試験管内の化学反応、ヒト由来の培養細胞、そして生きた線虫という三つの系で調べ、あわせて老化に関わる指標への影響を確認することでした。
何をどのように調べたか
まず研究チームは、菌を培養して分泌されたグルカンEPSを回収し、タンパク質などの不純物を取り除いて精製しました。精製したEPSについて、三種類の化学的な抗酸化試験を行っています。いずれも、EPSが電子や水素を相手に渡す(=還元する)力を指標として抗酸化の強さを測るもので、鉄イオンを還元する能力を見る二つの試験と、ABTSという人工的なラジカル(不対電子をもつ不安定な分子)をどれだけ消去できるかを見る試験が用いられました。
次に、生きた個体での評価として、老化研究で広く使われる体長1ミリほどの線虫 Caenorhabditis elegans を用いました。線虫の餌である大腸菌とともにEPSを与え、生存期間、産卵数、餌を飲み込む咽頭ポンプの動き(つまり摂食がきちんと行われているか)を観察しています。さらに、過酸化水素を与えて人為的に活性酸素を発生させたうえで、EPSを前・後・同時に与えると活性酸素の量がどう変わるかを、蛍光色素で光らせて顕微鏡で確かめました。
加えて、ヒトの大腸がん由来の培養細胞(Caco-2細胞)を使い、EPS処理によって細胞内の活性酸素がどう変化するかをフローサイトメトリーで測定しました。あわせて、細胞が本来もつ抗酸化酵素であるカタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPX)、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)の遺伝子がどれだけ働いているかを定量しています。
報告された主な結果
化学的な試験では、EPSの濃度を上げるほど抗酸化の指標も高くなりました。還元力はEPS 1 mg/mLでアスコルビン酸換算2.627±0.666 μg/mg、20 mg/mLで11.117±1.596 μg/mgでした。鉄還元能(FRAP)も同じ濃度範囲で2.378±0.400から5.090±0.272 μmol Fe(II)/mgへと増加し、ABTSラジカルの消去率は0.5 mg/mLで6.550%±1.629%、50 mg/mLで55.451%±4.248%と報告されています。なお著者らは、今回のグルカンEPSの試験管内での抗酸化活性は、同じ研究室が過去に報告した別のEPS分子と比べると相対的に低かったとも述べています。
線虫では、100〜600 μg/mLのどの濃度でも寿命が短くなることはなく、150 μg/mLと300 μg/mLで対照群に比べそれぞれ約1.21%、約0.83%の生存の改善がみられました。著者らはこれを「緩やかな寿命の延長」と表現し、以降の実験には最小有効濃度として150 μg/mLを用いています。この濃度では産卵数が対照より約28.67%増え、咽頭ポンプの回数には大腸菌と併用した場合に明らかな差がなかったことから、EPSは問題なく取り込まれており、寿命の変化は餌不足によるものではないと考察されました。過酸化水素で活性酸素を発生させた線虫では、EPSを同時に与えた場合も、あとから与えた場合も活性酸素が減少し、とくに後から与えたときの減少が大きかったと報告されています。
ヒト培養細胞では、がん細胞がもともと高く保っている細胞内活性酸素のレベルが、EPS濃度(1、5、10 mg/mL)の上昇に応じて低下しました。ただし、この実験で用いた濃度、さらに20 mg/mLまでの範囲で細胞の生存率には影響がなく、細胞を殺す作用は認められていません。抗酸化酵素の遺伝子については、SODが5 mg/mLで約20%、10 mg/mLで約1.8倍に増え、GPXは10 mg/mLでのみ約1.5倍に増えました。一方でカタラーゼは10 mg/mLで約29%減少しています。著者らはこの結果から、この細胞モデルにおけるEPSの抗酸化作用は主にSODとGPXの系を介しており、カタラーゼは関与していないと結論づけています。
この研究が示すこと
発酵食品に由来する一つの細菌がつくる多糖が、化学反応のレベル、ヒトの培養細胞、そして生きた個体という異なる三つの場面で、いずれも活性酸素を減らす方向にはたらいたこと。それが、この研究がそろえた観察です。しかも線虫では、摂食を妨げることなく、産卵数や生存といった生き物としての基本的な状態がむしろ良好に保たれていました。
著者らは、酸化ストレスの蓄積が老化や加齢に関わる不調と結びつけて論じられてきた背景を踏まえ、このグルカンEPSが細胞の抗酸化防御に働きかけうる分子であることを示したとしています。身近な発酵食品の微生物が、私たちの体を守るしくみに関わりうる分子をつくっているという視点を、この研究は具体的なデータとともに提示しています。
著者:Uma Rani Potunuru(Department of Food Science and Technology, Pondicherry University)、P. Padmapriya(Department of Food Science and Technology, Pondicherry University)、Balasubramanian Chellammal Muthubharathi(Biochemistry and Molecular Biology, School of Medicine, University of New Mexico)、Bargavi A. Meenachi(Department of Food Science and Technology, Pondicherry University)、Raksha Goswami(Department of Biotechnology, Pondicherry University)、Palanisamy Bruntha Devi(Department of Biosciences, Manipal University Jaipur)、Anjali Mohan(Department of Food Science and Technology, Pondicherry University)、Krishnaswamy Balamurugan(Department of Biotechnology, Alagappa University)、Arunkumar Dhayalan(Department of Biotechnology, Pondicherry University)、Digambar Kavitake(Department of Food Science and Technology, Pondicherry University)、Prathapkumar Halady Shetty(Department of Food Science and Technology, Pondicherry University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Uma Rani Potunuru, P. Padmapriya, Balasubramanian Chellammal Muthubharathi, et al. Glucan exopolysaccharide from Enterococcus hirae OL616073 alleviates oxidative stress and extends lifespan in different model systems. Frontiers in Molecular Biosciences 2026-08-21. DOI: 10.3389/fmolb.2026.1901988. 原著ライセンス:CC BY.