サルモネラ菌による食中毒は世界各地で報告されていますが、抗菌薬が効きにくい耐性菌株が食肉の流通経路のどの段階で増えていくのかは、これまで十分に解明されていませんでした。とくに発展途上国では、豚肉が農場から食卓に届くまでの「川下」にあたる屠畜場や小売市場での実態を追跡した研究は限られていました。今回、中国広東省の豚肉サプライチェーンを対象に、公開されている大規模な遺伝子データと現地での実地採取を組み合わせた研究が発表され、耐性菌がどこで増え、どう広がるのかが調べられました。
公開データと現地サンプルを突き合わせる二段構えの調査
研究チームはまず、ヒト由来11万4042件、豚由来1万5094件を含む合計59万1687件ものサルモネラ属細菌のゲノム(遺伝情報)を公開データベースから集め、大規模な系統解析を行いました。その結果、「サルモネラ4,[5],12:i:- ST34」と呼ばれる系統が、ヒトと豚の両方から高い頻度で見つかる主要な系統であり、抗菌薬に対する耐性遺伝子や、金属(重金属)に対する耐性遺伝子を多く保有していることが示されました。とくにこの傾向は、発展途上国由来のゲノムで顕著だったと報告されています。
公開データの解析と並行して、研究チームは広東省の豚肉サプライチェーンに沿って、農場・屠畜場・小売市場から合計1114件のサンプルを実際に採取し、培養検査を行いました。この現地調査から368株のサルモネラ菌が分離されています。その結果、サルモネラ菌が検出される割合は農場から屠畜場、そして小売市場へと川下に進むほど高くなる傾向が確認されました。さらに、問題の4,[5],12:i:- 系統は屠畜場や市場で分離された菌株に集中しており、これらの菌株では耐性遺伝子の保有数や、耐性遺伝子を他の菌に運ぶ「モビール遺伝因子(可動性の遺伝要素)」の保有もより多く見られたとされています。
統計・機械学習を使った拡散経路の分析
研究チームはさらに、系統動態解析(進化と地理的な広がりを時間軸で追う手法)、ベイズ確率的探索変数選択(BSSVS)、一般化線形モデル(GLM)、機械学習といった複数の統計的手法を組み合わせて、ST34系統がどのような要因と結びついて広がっているかを分析しました。その結果、この系統の拡散は、豚に関連する感染源、豚肉の生産工程、そして薬剤耐性遺伝子の保有パターン(レジストーム特性)と関連づけられたと報告されています。これらの解析結果は、農場段階だけでなく、屠畜や流通・小売といった川下の工程が、耐性菌の進化と拡散にとって重要な地点になっている可能性を示すものとされています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、中国広東省という特定地域の豚肉サプライチェーンを対象にした実地調査と、世界各地から集められた公開ゲノムデータの解析を組み合わせたものです。得られた関連性は、あくまで遺伝子データや統計モデルに基づく分析結果であり、特定の食品や工程が直接的に食中毒を引き起こすと断定するものではありません。また、対象地域や採取時期が限定されていることから、他の地域や豚肉以外の畜産物にそのまま当てはまるとは限らない点にも注意が必要です。この研究では、今回示された知見をふまえ、農場段階の管理にとどまらず、屠畜場や小売市場といった川下工程を対象にした監視や対策の強化が有用ではないかと提案されています。
まとめ
今回の研究では、公開されている大規模なサルモネラ菌のゲノムデータと、中国広東省での豚肉サプライチェーンの実地調査を組み合わせることで、薬剤耐性を持つサルモネラ4,[5],12:i:- ST34系統が、農場よりも屠畜場や小売市場といった川下工程でより多く検出され、耐性遺伝子の保有も多い傾向にあることが示されました。この研究は一つの調査結果であり、これによって耐性菌の拡散メカニズムのすべてが解明されたわけではありませんが、食品の安全管理を考えるうえで、生産から流通までの一連の工程に目を向けることの重要性を示唆する内容といえます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Junhao Peng, Zhong Peng, Qiqi Hong, et al. Developing countries’ downstream pork supply chains shape the evolution of resistance and the spread of Salmonella 4,[5],12:i:- ST34. npjサイエンス・オブ・フード (2026). DOI: 10.1038/s41538-026-01030-z. 原著ライセンス: cc-by-nc-nd.