サルモネラ菌(Salmonella enterica)は食中毒の原因として世界的に知られる細菌で、汚染された食肉を介してヒトに感染することがあります。パキスタン・ペシャワール地域の研究チームは、小売市場で販売されている牛肉に含まれるサルモネラ菌がどの程度存在し、抗菌薬にどれだけ耐性を持ち、どのような遺伝的な特徴を持つのかを調べました。研究結果はプロス・ワン誌に2026年07月に掲載予定です。著者らはパキスタン・ペシャワールのペシャワール大学(バイオテクノロジー・微生物学センター)、マルダーンのアブドゥル・ワリ・カーン大学、アフガニスタン・カブールのカブール医科大学に所属しています。
どのように調べたのか
研究チームは2021年2月から2023年1月にかけて、ペシャワール地区の都市部・農村部・都市近郊の小売店から合計250件の牛肉サンプル(1件あたり約25グラム)を採取しました。サンプルは4℃に保った保冷容器で運び、採取から2時間以内に検査を開始しています。まず選択培地(XLD寒天培地、SS寒天培地)で培養し、コロニーの形状やグラム染色、複数の生化学的検査(カタラーゼ試験、オキシダーゼ試験など)でサルモネラ菌らしき菌を絞り込みました。さらに、サルモネラ菌に特有の遺伝子である invA 遺伝子をPCR法で検出することで、菌の種類を分子レベルで確認しています。 抗菌薬への感受性は、16種類・10クラスの抗菌薬ディスクを用いたKirby-Bauer法(円盤拡散法)で調べられました。また、拡張型スペクトルβ-ラクタマーゼ(ESBL)という、複数の抗菌薬を分解してしまう酵素を作る菌かどうかも、専用の検査(二重ディスク相乗効果試験)と関連遺伝子(blaTEM、blaCTX-M、blaSHV)のPCR検出で確認しました。菌どうしの遺伝的な近さは、ランダムに増幅した短いDNA断片のパターンを比較する手法(RAPD-PCR、使用したプライマーはOPS-11)で解析し、Nei and Li係数という指標をもとに系統樹を作成しています。
研究でわかったこと
250件のうち150件(60.0%)からサルモネラ菌が検出されました。地域別に見ると、農村部が62/80件(77.5%)と最も高く、都市部は63/120件(52.5%)、都市近郊は25/50件(50.0%)でした。検出された150株はすべてinvA遺伝子(284塩基対の産物)が確認され、種としての同定が裏付けられています。 抗菌薬への耐性を調べたところ、マクロライド系のアジスロマイシンに対して94.0%、テトラサイクリン系薬に68.7%、アミノグリコシド系のストレプトマイシンに52.0%の菌が耐性を示し、多くの菌が複数の薬剤クラスに耐性を持つ「多剤耐性」の状態にあることが分かりました。一方、第三・第四世代セファロスポリン系薬(セフトリアキソン、セフタジジム、セフェピム)への耐性は10.7〜12.0%、フルオロキノロン系薬(シプロフロキサシン、ノルフロキサシン)は6.0%・2.7%、カルバペネム系薬のイミペネムは5.3%と、比較的新しい薬剤クラスへの耐性は低めでした。 さらに、150株のうち5株(3.3%)がESBL産生菌と確認されました。これらはいずれもアンピシリン、アモキシシリン・クラブラン酸、セフトリアキソン、セフタジジムに耐性を示し、遺伝子解析ではblaTEM、blaCTX-M-15、blaSHV-12のいずれか(一部は複数)を保有していました。RAPD-PCRによる解析では、150株が58の異なる遺伝的グループ(クローン)に分かれ、特定の1つの系統が優占しているわけではなく、多様な由来の菌が混在している状況がうかがえました。ただし、5株のESBL産生菌については3つの特定のクローン(C12、C13、C46)に集中しており、統計的な解析でもこれらのクローンが集団全体と有意に異なる遺伝的特徴を持つことが示され、これらの薬剤耐性菌については同一系統からの広がり(クローン性の拡散)が起きている可能性が指摘されています。
この研究を読むうえでの注意点
著者らは論文中でいくつかの限界を挙げています。まず、培養や生化学的検査だけに頼る従来法は近縁の菌との判別が難しく、一部のサルモネラ菌は非典型的な反応を示して見逃される可能性があるとしています。また、invA遺伝子によるPCR確認は特異性が高い一方で、この遺伝子を持たない一部の血清型(例としてSalmonella enterica subsp. arizonaeが挙げられています)では検出できない可能性も指摘されています。RAPD-PCR法についても、実験条件(プライマー濃度やPCRサイクルの設定など)に結果が左右されやすく、全ゲノム配列解析と比べると解像度が低い点、そして今回は1種類のプライマー(OPS-11)のみを使用したため、複数プライマーを使う手法に比べて判別力に限界がある可能性が述べられています。加えて、調査対象がペシャワール地区という単一の地域に限られている点や、ESBL産生菌の解析対象がわずか5株と少数であった点も、結果の一般化には注意が必要な要素として挙げられています。著者らは今後、複数の遺伝子を組み合わせた分子検査や全ゲノム配列解析、複数プライマーを用いた標準化されたRAPD法、より広い地域や長期間にわたる調査が必要だとしています。
まとめ
この研究は、パキスタン・ペシャワールで販売されている小売牛肉が、遺伝的に多様で抗菌薬耐性を持つサルモネラ菌の供給源となりうることを示したものです。特にアジスロマイシンやテトラサイクリンといった広く使われてきた抗菌薬への耐性が高い点、そして複数の抗菌薬を無効化しうるESBL産生菌が特定のクローンに集中していた点は、食品を介した薬剤耐性菌の広がりを考えるうえで注目される所見です。ただし、これは一つの地域・一つの研究による知見であり、著者ら自身も検出手法や調査範囲に限界があることを認めています。今後のさらなる調査による裏付けが必要な段階の研究として理解するのが妥当です。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Muhammad Jawad Ullah, Kafeel Ahmad, Fawad Inayat, et al. Phenotypic and molecular characterization of Salmonella enterica isolated from retail beef in Peshawar, Pakistan. プロス・ワン (2026). DOI: 10.1371/journal.pone.0352859.