やわらかくて塩気のあるフレッシュチーズは世界各地に存在しますが、エジプトの家庭や市場で親しまれている「カリッシュチーズ」もその一つです。低脂肪で高タンパク、価格も手ごろなことから人気がある一方、伝統的な製法は必ずしも衛生管理が行き届いた工場で行われるわけではなく、唐辛子やオリーブといった香味を加える具材が未殺菌のまま使われることも珍しくありません。今回紹介する研究は、こうしたスパイス入りのカリッシュチーズに含まれる酵母やカビの量を調べ、そこに潜む微生物の正体を遺伝子レベルで突き止めようとしたものです。
研究チームはエジプト・ギザ県の都市部の市場で、2024年11月から2025年1月にかけて、異なる製造ロット・異なる販売者から5点のスパイス入りカリッシュチーズを採取しました。同じ商品を繰り返し測るのではなく、あえて別々の生産バッチを選ぶことで、実際の流通現場のばらつきを反映させる工夫がされています。採取したチーズは冷やしたまま2〜4時間以内に実験室へ運び、酵母・カビ用の培地(YM寒天培地)で培養し、菌の数を測定しました。
研究でわかったこと
5点のサンプルすべてから酵母が検出され、その量は1グラムあたり2.25〜2.99(対数値、log10 CFU/g)の範囲でした。またカビは5点中3点(60%)から検出され、最も多かったサンプルでは1.47(同単位)に達しました。エジプトには「ES 1008-4/2005」というカリッシュチーズの衛生基準があり、酵母は1グラムあたり400個以下、カビは10個以下という上限が定められていますが、今回検出された量はいずれもこの基準を上回っていました。研究チームは、この結果が製造・取り扱い・保存のいずれかの段階で衛生管理に課題があった可能性を示していると述べています。
チーズから分離された12株の酵母は、見た目や生育の特徴(糖の発酵能力、塩分や酸への耐性など)をもとに4つのグループに分類されました。このうち2グループについては、遺伝子の一部(ITS1〜5.8S〜ITS2という領域のrDNA配列)を解析し、GenBankという国際的な遺伝子データベースとの照合(BLASTN解析)によって種を特定しています。その結果、それぞれ「Kodamaea ohmeri(コダマエア・オーメリ)」と「Pichia kudriavzevii(ピキア・クドリアブゼビイ)」という酵母であることが確認され、参照配列との一致率はいずれも99%を超えていました。系統樹解析(近隣結合法、1000回のブートストラップ検定)でも、それぞれの種が対応する既知の系統群にしっかりとまとまることが示され、種の同定に強い裏付けが得られたとしています。なお残る2グループは、既知の特徴と照らし合わせることで「Saccharomyces cerevisiae(いわゆるパン酵母・ビール酵母の仲間)」と「Kluyveromyces lactis」と判断されました。これら2種の代表配列はGenBankに登録番号PX406129・PX503693として登録されています。
論文では、これらの酵母がチーズのタンパク質や脂肪を分解する性質を持ち、風味の劣化や食感の変化につながりうること、また一部は人に日和見感染を起こす可能性が過去の文献で報告されていることにも触れています。ただし今回の研究では、実際に毒性や病原性を確かめる実験(毒素産生試験や感染実験など)までは行っておらず、これらのリスクはあくまで既存の文献に基づく理論的な言及にとどまる、と著者ら自身が明記しています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、市場で購入した完成品としてのチーズを調べたものであり、酵母がチーズ本体・唐辛子・オリーブのどの段階で混入したのかを直接特定できたわけではありません。著者らは、唐辛子やオリーブなどの添加物が汚染源になっている可能性を仮説として挙げていますが、これはあくまで今後の検証課題として位置づけられています。また、サンプル数は5点、対象地域もギザ県の一部に限られるため、著者らは今後より広い地域・季節を対象にした調査が必要だとしています。今回の結果はあくまで一つの研究であり、スパイス入りカリッシュチーズ全般の安全性について結論を出すものではない点に留意が必要です。
まとめ
今回の研究は、エジプトの伝統的なスパイス入りカリッシュチーズにおいて、酵母・カビの量が現地の衛生基準を上回っていたこと、そして分子レベルの解析によって「Kodamaea ohmeri」と「Pichia kudriavzevii」という2種の酵母が存在することを確認したものです。著者らは、香味付けの具材を含めた衛生管理の徹底や、製造工程における適切な管理手法(GMPやHACCPと呼ばれる衛生管理の考え方)の導入の重要性を指摘しています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Reda H. Abdel-Fadeel, Sherif A. Abdella, Sulaiman A. Alsalamah. Molecular characterization and spoilage potential of yeasts isolated from traditional Egyptian Karish cheese. バイオリソーシズ・アンド・バイオプロセッシング誌 (2026). DOI: 10.1186/s40643-026-01116-2. 原著ライセンス: cc-by.