食品の保存性を高めたり、健康に役立つ機能性成分を微生物から見つけ出す研究は、天然由来の添加物や機能性食品素材への関心の高まりとともに進んでいます。今回紹介する研究は、バチルス属(Bacillus)の菌が作り出す『リポペプチド(脂質とペプチドが結合した化合物)』という物質に着目し、その細胞への影響や抗菌作用の仕組みを詳しく調べたものです。研究チームには、チュニジア、トルコ、イタリア、ナイジェリア、サウジアラビアの研究機関に所属する研究者が名を連ねています。

何を、どう調べたのか

研究チームは、リポペプチドを作る2種類のバチルス属菌株(H6株とS15株)を対象に、それぞれが生み出す化合物の性質を複数の角度から調べました。まず、ヒトの大腸由来の培養細胞であるHT-29細胞とCaco-2細胞を用いて、これらの化合物が細胞にどのような影響を与えるかを確認しています。次に、ヒトの赤血球を使った『CAA-RBC』と呼ばれる方法で、細胞の酸化ストレスに対する保護効果(抗酸化作用)を測定しました。さらに、細菌や真菌(カビ類)に対する抗菌効果を調べるとともに、コンピューター上で分子の立体構造をシミュレーションする『分子ドッキング』という手法を使い、リポペプチドが微生物のどのタンパク質と結合しているのかを推定しています。

研究でわかったこと

HT-29細胞とCaco-2細胞を使った実験では、リポペプチドの濃度が低い場合(20マイクログラム/ミリリットル以下)には細胞への影響はわずかでしたが、濃度を上げると細胞の生存率が濃度に応じて低下し、同時に細胞内の活性酸素種(ROS)が大きく増えることが確認されました。活性酸素種は細胞を傷つける可能性がある物質で、この結果はリポペプチドが高濃度では細胞にとって刺激(酸化ストレス)となりうることを示しています。

一方で、赤血球を用いた抗酸化能の実験では、細胞毒性を示さない濃度において、H6株・S15株のどちらの化合物も細胞膜を酸化ダメージから守る抗酸化作用を持つことが報告されており、特にS15株由来の化合物でその効果が高かったとされています。つまり、同じ化合物でも濃度によって『酸化ストレスを与える働き』と『酸化から守る働き』の両方の性質を併せ持つ、二面性のある挙動が示されたことになります。

抗菌試験では、これらのリポペプチドはグラム陽性菌に対して、濃度に応じて強い抗菌活性を示す傾向が見られました。さらに分子ドッキングの解析から、フェンジシン類似の化合物が細菌のGyrB(DNAの複製に関わる酵素の一部)や、細胞の骨格を構成するβ-チューブリンというタンパク質と結合する可能性が示され、細胞の表面だけでなく細胞内部にも作用点があることが示唆されています。抗真菌性についての分子ドッキング解析では、炭素鎖の短いタイプのフェンジシン(C13〜C15)ほどβ-チューブリンとの結合力が高く、より効率的に作用しうることも報告されています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究は、バチルス属由来のリポペプチドが持つ生理活性を、細胞実験と分子シミュレーションの両面から検討した基礎研究です。研究チームは、これらの化合物が機能性食品の添加物や栄養補助食品の成分、抗菌剤としての応用可能性を持つと述べていますが、これはあくまで実験室レベルでの知見であり、食品への実際の応用や人での効果を直接示すものではありません。また、高濃度では細胞毒性や酸化ストレスの増加が見られたことから、濃度によって望ましくない影響が生じうる点にも注意が必要です。一つの研究として得られた知見であり、今後さらなる検証が必要な段階にあるといえます。

まとめ

今回の研究では、バチルス属菌が作るリポペプチドが、低濃度では細胞を保護する抗酸化作用を示す一方、高濃度では細胞毒性や酸化ストレスを引き起こしうるという、濃度依存的な二面性を持つことが示されました。あわせて、グラム陽性菌に対する抗菌作用や、微生物のタンパク質と結合する仕組みの一端も分子レベルで明らかにされています。天然由来の機能性素材としての可能性を探る基礎データとして、今後の研究の広がりが注目されます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Houda Gharsallah, Gökhan Görgişen, Elena Tomassi, et al. Molecular and functional characterization of Bacillus Lipopeptides: Cytotoxicity, antioxidant potential, and mechanistic antimicrobial Action. 国際食品科学技術誌 (2026). DOI: 10.1093/ijfood/vvag196. 原著ライセンス: cc-by.