砂糖の原料としておなじみのてん菜(サトウダイコン)ですが、砂糖の結晶を取り出すまでの過程では、シロップや糖蜜(モラセス)と呼ばれる中間製品・副産物が生まれます。これらは長らく家畜の飼料や発酵の材料として扱われてきましたが、近年は食品廃棄物の削減や資源の有効活用(循環型経済)への関心の高まりから、機能性成分の供給源として見直されているといいます。今回紹介する研究は、てん菜シロップと糖蜜の詳しい成分について、80件を超える科学文献を整理し、比較した総説(レビュー論文)です。
てん菜シロップは、精製したてん菜の搾り汁を煮詰めて固形分濃度を60〜70%まで高めたもので、砂糖の結晶化に進む前段階の製品です。一方、糖蜜はさらに結晶化を繰り返した後、これ以上砂糖を取り出すのが採算に合わなくなった最終残渣で、固形分濃度は75〜85%に達します。研究チームは、Scopus、Web of Science、PubMedなどの学術データベースと国内の専門誌から「てん菜」「甜菜シロップ」「甜菜糖蜜」「化学組成」「ベタイン」といったキーワードで文献を検索し、主に過去7年以内の、成分の数値データと分析手法が明記された論文を対象に絞り込んで、80件以上を分析対象としたと説明されています。
糖の含有量は近いが、ミネラルや微量成分の量に大きな差
両者とも主成分はショ糖(スクロース)で、シロップでは乾燥重量あたり55〜65%、糖蜜では結晶化を繰り返した分だけ目減りして45〜52%とされています。注目すべきは、ブドウ糖や果糖といった「還元糖(転化糖)」の少なさで、いずれも1〜2%程度にとどまるとされました。論文では、これはてん菜の加工時のpHが8.5〜9.2とやや高く、糖を分解する酵素(インベルターゼ)の働きが弱いためと説明されており、加熱時に起こる褐変反応(メイラード反応)が抑えられ、明るい色調を保ちやすいという技術的な利点につながると述べられています。また、結晶化しない三糖類のラフィノースが0.5〜2%程度含まれ、ビフィズス菌の増殖を助ける「プレバイオティクス」としての働きが知られている成分だとも紹介されています。
一方でミネラル分(灰分)は、シロップが乾燥重量の2〜4%であるのに対し、糖蜜では7〜12%と2〜3倍に濃縮されると報告されています。特にカリウムはシロップで1.5〜3.0%、糖蜜で3.5〜5.5%と豊富で、このほかナトリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、硫黄、さらに鉄・亜鉛・銅・マンガンといった微量元素も、糖蜜の方が高濃度で含まれる傾向があるとされています。論文では、鉛やカドミウムといった有害な重金属も微量ながら検出されることがあり、原料の生育環境に由来するとして、品質管理上の監視対象として挙げられている点も記載されています。
糖蜜だけが持つ特徴的な成分「ベタイン」
この研究でとくに強調されているのが、ベタイン(トリメチルグリシン)という含窒素化合物です。糖蜜には乾燥重量の4〜6%と高濃度で含まれるのに対し、シロップでは0.5〜1.5%にとどまるとされています。ベタインは浸透圧の調整に関わる機能や、肝臓を保護する働き、代謝におけるメチル基供与体としての役割が知られている成分だと紹介されており、この点がサトウキビ由来の糖蜜(カンショ糖蜜)との明確な違いになるとされています。論文によれば、カンショ糖蜜は転化糖を15〜25%と多く含む一方でベタインを持たず、ミネラルの構成も異なるとのことです。
このほか、有機酸(ギ酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸など)が糖蜜では乾燥重量の2〜4%、シロップでは1〜3%含まれ、風味や品質の安定性に関わっていると説明されています。ビタミン類ではパントテン酸(ビタミンB5、100gあたり8.0mg)やニコチン酸(ビタミンPP、同5.1mg)などB群ビタミンが比較的多く、乳酸菌などプロバイオティクスによる発酵を行うとビタミン含量がさらに増える可能性があるとも述べられています。エネルギー量はどちらも100gあたり250〜300kcal程度で、糖蜜に含まれる糖の消化吸収率は98.5%とサトウキビ由来の糖蜜(94.5%)より高いとする記述もありました。
この研究の位置づけと読む上での注意
この論文は新たな実験を行ったものではなく、既存の文献を集めて整理・比較した総説です。そのため紹介されている数値は「典型的な範囲」であり、てん菜の品種、栽培条件、加工方法によって実際の値は変動するとされています。また、糖蜜に含まれる微量元素や重金属は、有機物と結びついた複雑な形で存在することが多く、正確な分析には試料の前処理(灰化処理など)が必要になるという分析上の難しさにも触れられています。著者らは、成分の標準化や、加工技術の開発を今後の課題として挙げています。
なお本記事で紹介した内容は、あくまで一つの研究レビューによる整理であり、特定の食品の摂取が健康効果を保証するものではありません。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:S.М. Petrov, N.M. Podgornova. Comparative analysis of technologically significant characteristics of sugar beet syrup and molasses. フードシステムズ (2026). DOI: 10.21323/2618-9771-2026-9-2-337-346. 原著ライセンス: cc-by.