「辛いものが好き」「しょっぱい味が好き」といった食の好みは、単なる嗜好の問題だと思われがちです。しかし近年、食の好みや食習慣とこころの健康との間に何らかのつながりがあるのではないかという研究が進められています。今回紹介する研究は、14万人を超える非常に大規模なデータを用いて、味の好み(塩味・苦味・辛味など)とうつ病との関連を調べ、さらにその背景にある可能性のある脳の構造的な特徴についても検討したものです。

味の好みとこころの状態が関係しているとしたら、それはどのような仕組みによるものなのか。この研究では、その謎に脳科学の視点からアプローチしています。

研究でわかったこと

この研究では、14万人以上の参加者を対象に、縦断的(時間の経過を追う)データと横断的(ある時点の)データの両方を用いて解析が行われました。統計的な手法としてCox回帰モデルが用いられ、食の好みとうつ病との関連が調べられました。

その結果、塩味・苦味・辛味を「適度に」好むことが、うつ病に対して保護的に働く可能性があることが示されました。特にこの関連は、過体重や肥満の状態にある参加者において、より明確に見られたと報告されています。ここで重要なのは「適度な」好みという点で、極端に強い好みではなく、ほどほどに好む場合にこうした関連が見られたとされています。

さらに研究チームは、脳の構造、特に灰白質(かいはくしつ、脳の神経細胞が集まる部分)に着目しました。解析の結果、脳の構造は食の好みとうつ病の症状の両方と、広い範囲で正の相関を示すことが確認されました。そこで、脳の灰白質などの構造が、食の好みとうつ病との関連を「媒介」している、つまり両者をつなぐ仲介役になっている可能性があるかどうかが検討されました。

媒介分析という手法を用いた結果、大脳皮質の周辺部の灰白質の体積、脳室内の脳脊髄液の量、そして灰白質・白質全体の体積が、塩味の好みとうつ病との関連を媒介する候補として挙げられました。さらに、時間の前後関係を考慮したクロスラグモデルという解析手法により、小脳の一部(VI小脳虫部)や右側の外側後頭皮質下部の灰白質の体積が、うつ病と互いに影響し合う、それぞれ異なる方向性を持つ関係にあることが示されました。これは、この二つの脳部位がうつ病と関わる際に、異なる神経のメカニズムを介している可能性を示唆するものです。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、味の好みという身近なテーマと、脳の構造、そしてこころの健康という複雑な要素を結びつけて検討した意欲的な研究ですが、いくつか留意すべき点があります。

まず、示されたのはあくまで「関連」であり、「塩味や辛味を適度に好めばうつ病を予防できる」といった因果関係が証明されたわけではありません。研究チーム自身も、この経路を確かめ、うつ病に対する新たな治療戦略に役立てるためには、さらなる神経生物学的な研究が必要であるとしています。

また、これは一つの大規模研究の結果であり、この研究だけで結論が確定したわけではない点にも注意が必要です。今後、他の研究によって同様の関連が確認されるかどうかも重要なポイントとなるでしょう。

まとめ

今回紹介した研究では、塩味・苦味・辛味を極端にではなく適度に好むことが、うつ病に対して保護的に働く可能性があり、特に過体重・肥満の人でその傾向が見られたと報告されています。また、脳の灰白質の構造がこの関連を媒介している可能性、そして小脳や外側後頭皮質といった部位が情動と関連する脳内基盤の候補として示唆されました。食の好みとこころの健康の関係を脳科学の視点から解き明かそうとする、今後の研究の発展が期待されるテーマといえそうです。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:適度な食味嗜好とうつ病、灰白質を潜在的媒介因子とした大規模縦断研究(フーズ・2026年08月)