著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Nanomaterials
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
フルオロキノロン系抗菌薬は、養鶏で細菌感染の予防や治療に広く使われています。代表的なものにオフロキサシン、エンロフロキサシン、ノルフロキサシン、シプロフロキサシンがあります。研究チームによると、これらが鶏肉などの食品に残留すると、アレルギー反応や腸内細菌叢の乱れ、薬剤耐性菌の出現につながるおそれがあります。そのため、欧州連合や中国は、鶏の筋肉に含まれるフルオロキノロン残留量の合計について、1キログラムあたり100マイクログラムという上限を定めています。
残留の検査には高速液体クロマトグラフィーや質量分析が使われます。精度は高いものの、高価な装置、時間のかかる前処理、熟練した担当者が必要で、現場での迅速なスクリーニングには向きません。そこで著者らが注目したのが表面増強ラマン分光法(SERS)です。ラマン分光法は、分子に光を当てたときに散乱される光から、分子ごとに固有の「指紋」のようなスペクトルを得る方法です。金属のナノ粒子どうしの間のわずかな隙間では光の電場が強まり、そこにある分子の信号が大きく増幅されます。この増幅を利用するのがSERSです。
ナノ粒子の膜を何層も重ねると、上下の粒子間にも隙間が生まれ、信号を強める場所が増えます。ただし、深い層の隙間ほど届く光は弱くなります。そのため、信号が最も強くなる層の数があることは、これまでもシミュレーションや膜表面で測った信号から推定されていました。一方で、積み重ねた膜の内部の特定の深さまで実際にどれだけ光が届いているかは、直接測定されていませんでした。研究チームは、この最適な層数が生じる物理的な理由を明らかにし、その膜を抗菌薬の検出に使うことを目指しました。
何を調べたか
研究チームは、直径およそ64ナノメートルの銀ナノ粒子を合成しました。水と有機溶媒の境界面に粒子を集めて薄い膜をつくり、それをシリコン基板に写し取りました。この操作を繰り返し、1層から5層までの膜を用意しました。ここでいう層数は、写し取る操作を行った回数を指します。
層数と信号の強さの関係は、色素のクリスタルバイオレットを目印の分子にして調べました。あわせて、各構造で電場がどう分布するかをコンピューターシミュレーションで計算しました。さらに、光が膜の底まで届いているかを直接確かめるため、単層の二硫化タングステンの薄膜を銀ナノ粒子膜の一番下に敷いた構造もつくりました。この薄膜は、どの構造でも同じ底の位置にあります。そのため、その信号が弱まれば、膜の底まで届く光が減ったと読み取れます。
主な結果
クリスタルバイオレットの信号は、1層から3層までは強くなり、それより層を増やすと弱まりました。底に敷いた二硫化タングステンの信号は、銀ナノ粒子膜が1層のときに最も強く、2層、3層と重ねるにつれて弱まりました。4層と5層では、ほぼ雑音に埋もれて見えなくなりました。
著者らは、上に重なった粒子層が遮蔽物のように働き、入ってくるレーザー光と出ていくラマン光の両方をさえぎると説明しています。そのうえで、照射した光は4層目に届く前に大部分が失われ、3層目より深い隙間の寄与は小さいと結論づけました。つまり、信号を強める隙間を増やす効果と、光が届く深さの限界とが釣り合う点が3層だった、ということです。1枚の基板上の30か所で測った信号のばらつきも3層膜が最も小さく、相対標準偏差は5.52%でした。5層膜では10.15%でした。
この3層膜を使い、4種類のフルオロキノロンを検出しました。4種類は共通の骨格を持ち、置換基や側鎖が異なります。研究チームは、それぞれを区別できるスペクトル上のピークを選び、濃度とともに信号が変化することを確認しました。溶媒に溶かした標準溶液での検出限界は、オフロキサシンが10のマイナス8乗モル毎リットル、残る3種類が10のマイナス7乗モル毎リットル程度と報告されています。
スーパーで購入した鶏むね肉を細かく均質化し、その組織に抗菌薬の標準溶液を加えて室温でなじませたあと、酢酸エチルで抽出した試料でも、4種類すべての信号を確認できました。識別できた最低濃度は、オフロキサシンが10のマイナス7乗、シプロフロキサシンが10のマイナス6乗、エンロフロキサシンとノルフロキサシンが10のマイナス5乗モル毎リットルでした。鶏肉の成分が背景の信号を生んだり、ナノ粒子表面を奪い合ったりするため、標準溶液に比べて感度は下がりました。著者らは、この試料での値を統計的な検出限界ではなく、迅速スクリーニングの実現可能性を評価するものとして扱っています。また、繰り返し測定は1枚の基板上の異なる位置で行ったもので、基板内での再現性を示すものだと説明しています。基板ごとや製造ロットごとの再現性は評価していないことも明記しています。
研究の意味
この研究は、ナノ粒子膜を重ねればそれだけ信号が強まるわけではないことを示しました。最適な層数が生じる理由を、光が届く深さという観点から、底に置いた目印の信号によって直接確かめた点が特徴です。そのうえで、最適化した3層膜を用いて、構造のよく似た抗菌薬を、抗菌薬を加えた鶏肉から得た抽出液の中で識別できることを示しました。食品の安全を確認するための簡便な検査手段の候補として、一つの道筋を示した報告といえます。
原著論文の著者・所属:Hongyan Wang(Key Laboratory of Spin Electron and Nanomaterials, Anhui Higher Education Institutes, School of New Energy Materials and Chemical Engineering, Suzhou University, Suzhou 234000, China)、Jialing Wei(Key Laboratory of Spin Electron and Nanomaterials, Anhui Higher Education Institutes, School of New Energy Materials and Chemical Engineering, Suzhou University, Suzhou 234000, China)、Yu Hu(Key Laboratory of Spin Electron and Nanomaterials, Anhui Higher Education Institutes, School of New Energy Materials and Chemical Engineering, Suzhou University, Suzhou 234000, China)、Cong Wang(Key Laboratory of Spin Electron and Nanomaterials, Anhui Higher Education Institutes, School of New Energy Materials and Chemical Engineering, Suzhou University, Suzhou 234000, China)、Miao Qin(Key Laboratory of Spin Electron and Nanomaterials, Anhui Higher Education Institutes, School of New Energy Materials and Chemical Engineering, Suzhou University, Suzhou 234000, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hongyan Wang, Jialing Wei, Yu Hu, et al. Surface-Enhanced Raman Spectroscopy Method for Sensitive Detection of Antibiotic Residues by Layer-Optimized Multilayer Nanoparticle Film Structures. Nanomaterials 2026-09-19. DOI: 10.3390/nano16181184. 原著ライセンス:CC BY.