日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Fisheries Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
瀬戸内海では、かつての水質汚濁対策として厳しい排水規制が導入された結果、水質は大きく改善した一方で、植物プランクトンの成長に欠かせない窒素やリンといった栄養塩まで過度に少なくなる「貧栄養化」が進んだと論文は説明しています。とくに溶存無機窒素(DIN、海水に溶けた無機態の窒素)は1990年代後半から低い水準が続いているとされます。カキはえさとして植物プランクトンをこし取って食べるため、えさそのものが減ることは養殖にとって痛手になります。著者らによれば、広島県のカキ生産量(むき身重量)は1986年の約3万トンをピークに、近年は1万6千〜2万トン程度まで減少しています。
さらに近年は水温上昇が重なります。カキのような変温動物では水温が上がると基礎代謝や酸素消費が増え、夏の代謝コスト増加と産卵によるエネルギー消費が重なって成長不良や死亡につながると指摘されています。研究チームはこの二つの問題に同時に対処するため、夏の海で表層が高温・低栄養になる一方、底層は水温が低く分解由来の栄養塩に富むという性質に着目しました。そこで太陽光発電を使い、底層の水を表層へくみ上げる自立型の装置「SPALOW」を開発し、実際の養殖場でその効果を確かめることを目的としています。
装置のしくみと調べ方
SPALOWは、およそ1メートル四方のステンレス製の枠に太陽光パネル2枚(各125W)と制御箱を載せ、海底まで届くホース(内径75ミリ)を垂らした構造です。発電した電気はバッテリーにためられ、ブロワーで空気をホース内に送り込みます。気泡によってホース内の水の見かけの密度が下がり、水が持ち上がる「エアリフト」という原理で海水をくみ上げるしくみで、動く部品が少なく製作や維持の費用を抑えやすいと述べられています。著者らは1台あたり市販でおよそ5000米ドル程度という低コストを想定し、いかだ1台単位で漁業者が導入できることを目指したとしています。
試験は2023年、広島県安芸津町の三津湾にあるカキ養殖場で行われました。装置を2台備えた実験いかだと、装置のない対照いかだを約60メートル離して設置し、1月から12月まで週1回、水温・塩分・溶存酸素・クロロフィルa(植物プランクトンの量の目安となる色素)の鉛直分布を測定しています。栄養塩の分析用に複数の深さから採水したほか、水深0.5メートルではクロロフィルaを15分間隔で連続記録しました。また、7月12日・10月26日・12月7日に、装置の吐出口から1.2メートル、2.6メートル、3.9メートル離れた各連(垂下連)と対照いかだからカキを採取し、むき身(軟体部)の湿重量を1個体ずつ量って比較しています。
報告された主な結果
水温については、年間を通じて両いかだの差は大きくないものの、5月から9月にかけては実験いかだの表層水温が一貫して低く、装置は夏に表層水温を0.5〜1.0℃下げたと報告されています。一方で1月・2月には実験いかだの水温がわずかに高くなり、著者らは装置が夏の高温と冬の低温の両方をやわらげる「熱の緩衝装置」として働いたと述べています。ただし冷却効果が及ぶ範囲は水深0.5メートルより浅い表層に限られ、より深くまで届かせることは今後の課題だとしています。
栄養塩では、6月から10月の表層のDIN平均濃度が対照いかだで1.7±1.5マイクロモル毎リットルだったのに対し、実験いかだでは4.4±1.8マイクロモル毎リットルと2.5倍以上に増えていました。リン(DIP)も7月と9月に増加がみられましたが、窒素ほど継続的でも顕著でもなかったと報告されています。クロロフィルa濃度は1月から11月のすべての月で実験いかだのほうが有意に高く、その影響は少なくとも水深3メートルまで確認されました。植物プランクトンの種類は両いかだともスケレトネマ属やキートケロス属といった珪藻が優占し、構成比に大きな差はなかったとされています。研究チームは、装置が海底直上から水をくみ上げるため、底泥に多量に存在した珪藻の休眠細胞(休眠期の細胞)が栄養塩とともに明るい表層へ運ばれ、発芽・増殖した可能性が高いと考察しています。
カキの成長では、7月・10月・12月のいずれの採取日でも、装置からの距離1.2・2.6・3.9メートルすべての地点で実験いかだのむき身重量が対照いかだより有意に重くなりました(p<0.01)。たとえば7月は対照の平均5.91グラムに対し実験側は9.36〜9.88グラムで、増加率は研究期間を通じて32.7〜75.6%の範囲でした。装置からの距離による一貫した傾向はみられず、著者らは潮流やいかだ周りの流れによって増えた植物プランクトンが調査範囲全体にほぼ均一に行き渡ったためだと解釈しています。なお2023年6月29日には魚を殺す性質をもつラフィド藻ヘテロシグマ・アカシオの赤潮が両地点で発生しましたが、細胞密度は対照いかだの1ミリリットルあたり1296細胞に対し、実験いかだでは49細胞と大きく低く、くみ上げによる物理的な希釈・分散が働いたと論じられています。
この研究が示すこと
著者らは、太陽光で動く簡素なくみ上げ装置によって、えさとなる植物プランクトンを増やすことと夏の高温ストレスをやわらげることが同時に実現し、実際の養殖現場でカキの身入りが明確に改善したと結論づけています。貧栄養化と水温上昇という、同じ海で同時に進む二つの変化に対して、いかだ1台という小さな単位から手を打てる可能性を示した点に、この報告の意味があります。
著者:Moriya Mino(Graduate School of Integrated Sciences for Life, Hiroshima University, Kagamiyama 1-4-4, Higashi-Hiroshima, Hiroshima, 739-8528, Japan)、Yudai Nagata(Graduate School of Integrated Sciences for Life, Hiroshima University, Kagamiyama 1-4-4, Higashi-Hiroshima, Hiroshima, 739-8528, Japan)、Fumihiro Mino(Marumura Mino Suisan Co., Ltd, Kidani 5699-17, Akitsu-Cho, Higashi-Hiroshima, Hiroshima, 739-2403, Japan)、Toshiya Furukawa(Furukawaseiki Co., Ltd, Kazahaya 3135-3, Akitsu-Cho, Higashi-Hiroshima, Hiroshima, 739-2403, Japan)、Shizuka Ohara(Fisheries Technology Institute, Japan Fisheries Research and Education Agency, Hatsukaichi Field Station, Maruishi 2-17-5, Hatsukaichi, Hiroshima, 739-0452, Japan)、Kazuhiko Koike(Graduate School of Integrated Sciences for Life, Hiroshima University, Kagamiyama 1-4-4, Higashi-Hiroshima, Hiroshima, 739-8528, Japan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Moriya Mino, Yudai Nagata, Fumihiro Mino, et al. Mitigating the impacts of oligotrophication and thermal stress on Pacific oyster Magallana gigas aquaculture through solar-powered artificial upwelling. Fisheries Science 2026-09-13. DOI: 10.1007/s12562-026-02023-3. 原著ライセンス:CC BY.