この研究は、タイ、ミャンマー、韓国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を明らかにしようとしたのか
ミードは、蜂蜜を水で薄めて酵母で発酵させてつくるお酒です。その風味は、原料となる蜂蜜の成分、発酵の条件、酵母のはたらき、そして発酵後の熟成によって形づくられます。研究チームによれば、ミードの香りはアルコール類、エステル類、酸、アルデヒド、テルペン類、硫黄を含む香気成分などの量的なバランスで決まり、それらの多くは発酵中やその後の熟成中に新しく生まれたり、別の物質へ変化したりします。
一方で著者らは、ブドウのワインなどと比べると、ミードでは「同じ一つの仕込みを、発酵前から発酵後、さらに長期保存まで追いかけたデータ」が不足していると指摘します。とくに瓶詰め後の熟成について、どの段階でどんな化学的変化が起こるのかが十分に整理されていません。そこで本研究は、ミャンマー・南シャン州で採蜜されたニトベギク(Tithonia diversifolia、和名ではメキシコヒマワリなどとも呼ばれる植物)の蜂蜜を原料とするミードを、発酵前の「もろみ」、発酵直後、瓶詰めして1年経過後という三つの時点で比較し、発酵と熟成がそれぞれ何をもたらすのかを探索的に調べたものです。
どのように調べたか
著者らは蜂蜜を希釈して糖度25度(Brix)のもろみを用意し、これを4リットルずつ3つの独立したガラス容器に分けて、市販のワイン用酵母を加えました。暗所で25度前後に保って約25日、二酸化炭素の発生が止まり液が澄んできた時点を発酵の終わりと判断し、澱(おり)を除いて750ミリリットルの瓶に詰め、保存料は加えずに暗所の常温(12か月間で24〜28度の範囲)で1年間置いています。論文はこの保存条件について、温度管理された貯蔵庫は北タイやメコン地域の小規模生産者にはあまり普及しておらず、常温保存こそが実際の流通実態に近いため意図的に選んだと説明しています。
分析は二本立てです。pH、色(Pfund値)、残っている糖(ブドウ糖と果糖)については、3つの容器それぞれを別個に測って統計的に比較しました。一方、香気成分の網羅的な分析(超高速ガスクロマトグラフィーを用いた電子鼻)と、香りをもたない成分の分析(高分解能質量分析)については、3つの容器から同量を取って混ぜ合わせ、各段階につき1つの混合試料として測定しています。
この設計上の制約は、論文自身が明示しています。混合試料では各段階が1つのプロファイルでしか代表されないため、仕込み容器ごとのばらつきは評価できず、段階間の差に統計的な有意性を与えることもできません。したがって著者らは、これらの成分データはあくまでこの一回の仕込みについての記述的な比較であると位置づけています。成分の同定も、標準品と突き合わせた確定的なものではなく、データベース照合による「推定」(putative)としてのみ報告されています。さらに、採取の順序上、発酵前と発酵後の試料は冷凍保存期間が長くなっており、保存期間の違いと処理段階が切り離せないことも限界として挙げられています。
報告された主な結果
もっとも明快だったのは糖の変化でした。発酵前のもろみにはブドウ糖が1ミリリットルあたり約71.9ミリグラム、果糖が約86.6ミリグラム含まれていましたが、発酵後と1年後の試料ではいずれも定量できる範囲を下回りました。糖の大幅な消費は発酵の段階で起きており、その後はごくわずかしか残っていないことになります。pHは発酵後が3.88でもっとも高く、1年熟成後は3.67とそれより低い値でしたが、発酵前の3.80はどちらとも差がありませんでした。
香気成分については、検出された推定候補の総数は全段階で60種でした。ただし各段階で検出された種類の数自体は、発酵前30種、発酵後32種、熟成後30種と大きくは変わっていません。変わったのは「中身」と「量」です。量の面で最大の差は発酵前と発酵後の間にありました。アルコール類の合計値は発酵前と比べて発酵後に大きく増え、熟成後も高い水準を保っています。硫黄を含む成分も発酵後に大きく増加し、熟成後にはさらに高い値でした。エステル類も発酵後、熟成後と増えましたが、アルコール類に比べれば量としては小さいままでした。
これに対して1年の熟成を特徴づけたのは、カルボン酸類の選択的な増加でした。発酵後にはごくわずかだったこの成分群が熟成後には明確に増え、その大部分は2-メチルプロパン酸の出現によるものだと報告されています。なお、これらの数値はヘキサナールという単一の物質を基準にした検出器の応答値(ヘキサナール換算)であり、絶対濃度ではありません。物質の種類によって検出器の応答性も揮発のしやすさも異なるため、著者らは同じ数値が同じ濃度を意味するわけではなく、段階間の比較のための目安として読むべきだと注意を添えています。
段階ごとに固有の成分も調べられました。3段階すべてに共通して検出されたのは11種で、一方で発酵前のみ15種、発酵後のみ12種、熟成後のみ12種が見つかっています。二つの段階だけに共通する成分を見ると、発酵前と発酵後に限られるものが3種、発酵前と熟成後に限られるものが1種だったのに対し、発酵後と熟成後に限られるものは6種でした。プロファイル全体の似かたを調べた相関でも、発酵前はのちの二段階のいずれとも似ておらず、発酵後と熟成後のほうが互いに近い関係にありました。発酵前に多く、発酵後には減るか消えた成分としては、フルフラールやヘキサン酸、ラクトン類などが挙げられており、著者らはこれを蜂蜜由来の出発時の香りの背景が発酵後には大きく後退したものと解釈しています。
以上をまとめて、論文は二段階のモデルを提示しています。すなわち、発酵が化学的な骨組みそのものをつくり、1年の瓶内熟成はその骨組みの上で、より限られた成分を選択的に変化させるという見方です。ただし著者らは、試料を採ったのが発酵直後と12か月後の二点だけであるため、熟成中のいつ変化が起きたのかはこのデータからは分からないと明記しています。熟成後だけに見つかった成分が保存の初期に現れて残ったのか、後半に現れたのかは区別できません。
この研究が示すこと
この研究は、一つの仕込みを発酵前から1年後まで追うことで、ミードづくりにおける発酵と熟成の役割が質的に違うものであることを、化学組成の面から描き出しました。発酵は糖を消費してアルコールや硫黄を含む成分を大きく増やし、香りの土台を一気に組み替えます。それに対して瓶内熟成は、その土台を作り直すのではなく、酸やエステルなど一部の成分を選び取るように変えていく過程として現れました。
同時にこの研究は、自らの限界も丁寧に示しています。成分プロファイルは各段階1試料の記述的な比較であり、成分の同定は推定にとどまり、報告された値は絶対濃度ではありません。著者らはこれらの知見をこの一回の仕込みについてのものと位置づけ、探索的な研究として提示しています。その意味で本研究は、地域固有の蜂蜜を使ったミードの成熟をどう捉えるかを考えるための、出発点となる記述を提供したものと読むことができます。
著者:Sahutchai Inwongwan(Center of Excellence in Microbial Diversity and Sustainable Utilization, Faculty of Science, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand)、Gerry Renaldi(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Patcharin Phokasem(Department of Biology, Faculty of Science, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand)、Chainarong Sinpoo(Department of Biology, Faculty of Science, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand)、Tanyawat Keaewsalud(Faculty of Pharmacy, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand)、Hlaing MinOo(Department of International Relations and Information Technology, University of Veterinary Science, Yezin, Yeyathiri, Nay Pyi Taw 15013, Myanmar)、Hien Thu Aung(Myanmar Apiculture Association, Yangon 11021, Myanmar)、Jeehye Sung(Department of Food Science and Biotechnology, Gyeongkuk National University, 1375 Gyeongdong-Ro, Andong-Si 36729, Gyeongsangbuk-Do, Republic of Korea)、Rajnibhas Sukeaw Samakradhamrongthai(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Terd Disayathanoowat(Center of Excellence in Microbial Diversity and Sustainable Utilization, Faculty of Science, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sahutchai Inwongwan, Gerry Renaldi, Patcharin Phokasem, et al. Stage-Associated Physicochemical and Chemical Profiles of a Single Production Run of Tithonia diversifolia Honey Mead: An Exploratory Study. Foods 2026-08-28. DOI: 10.3390/foods15173048. 原著ライセンス:CC BY.