著者の所属・活動拠点の国は、アルゼンチン、イタリアです。
掲載誌:Food Science & Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
セリアック病は、遺伝的な素因をもつ人が小麦などに含まれるたんぱく質「グルテン」を摂取することで腸に炎症が起こる慢性の自己免疫疾患です。現在、有効な治療はグルテンを含まない食事を続けることだけとされています。ところが、グルテンフリーの生パスタはでんぷんや増粘剤(ガム類)を主体に作られることが多く、たんぱく質が少なく、微量栄養素も乏しくなりがちだと著者らは指摘しています。
そこで研究チームは、食用として広く養殖され、いくつかの国・地域ですでに食品として認められているヨーロッパイエコオロギ(Acheta domesticus)の粉末に注目しました。グルテンフリーパスタに昆虫粉末を加えた研究はこれまでもありましたが、そば粉パスタや米麺など生地の性質が異なる食品が中心で、工業的な製法で作るグルテンフリー生パスタでの効果は分かっていませんでした。この研究は、コオロギ粉末によってでんぷんと油の両方を置き換えた生パスタを工業的な工程で試作し、加工上の品質と栄養面の品質を同時に評価することを目的としています。
どのように調べたか
研究チームは、トウモロコシ粉とコーンスターチなどを使った通常のグルテンフリー生パスタを対照とし、部分的に脱脂した市販のコオロギ粉末を5.8%または10%配合した2種類のパスタを用意しました。コオロギ粉末を加えた分、コーンスターチは全量を、トウモロコシ粉は一部を置き換え、ヒマワリ油も減らしています。ねらいは、たんぱく質を増やし、炭水化物を減らし、油の量も抑えることでした。生地は幅5ミリのタリアテッレに成形し、工業ラインで加熱殺菌してから冷蔵保存しました。
そのうえで、成分組成、ゆで時間やゆでた際の吸水量、ゆで汁へ溶け出す固形分(ゆで溶け)、硬さ、色を測定しました。さらに、消化酵素を使って試験管内で消化を再現し、でんぷんの分解のされ方や、たんぱく質の消化のしやすさ、必須アミノ酸のバランスを調べました。加えて、昆虫由来の原料が入っていることを知らされた一般の参加者に、ゆでる前とゆでた後のパスタの見た目と香りを「好ましい・どちらでもない・好ましくない」の3段階で評価してもらいました。
主な結果
コオロギ粉末を加えたパスタでは、対照と比べてたんぱく質とミネラル分が増え、脂質と炭水化物が減ったと報告されています。食物繊維の総量には変化がありませんでした。著者らは、昆虫には殻の成分であるキチンに由来する窒素が含まれるため、窒素量から換算する従来の方法ではたんぱく質を多めに見積もってしまう点にも着目しました。アミノ酸の分析値から計算し直すと、たんぱく質が総エネルギーに占める割合は、従来法の対照7%・5.8%配合15%・10%配合20%から、それぞれ5%・12%・16%に下がりました。著者らは、こうした食品のたんぱく質をどの方法で測るべきか規制上定まっておらず、栄養表示の一貫性に関わる課題になっていると述べています。
調理面では、コオロギ粉末入りのパスタは対照(約255秒)より短い約150秒でゆで上がり、ゆでた際の吸水量は少なくなりました。ゆで溶けは10%配合でわずかに増えましたが、いずれもパスタ業界で目安とされる8%は下回っていました。ゆでる前のパスタはコオロギ粉末が多いほど柔らかくなりましたが、ゆでた後は5.8%配合と対照の硬さがほぼ同じになり、10%配合もわずかに柔らかい程度でした。色はコオロギ粉末によって暗い茶色みを帯び、著者らは全粒粉パスタに近い見た目になり得ると述べています。
試験管内の消化試験では、でんぷんの総量は配合量が増えるほど減りました。一方、でんぷんの分解の速さは配合量に比例して変わったわけではなく、10%配合は対照とほぼ同じ傾向を示しましたが、5.8%配合では素早く分解されるでんぷんの割合が高くなりました。著者らはこの違いを、生地の構造の変化と、ゆでる際のでんぷんの溶け出し方の違いによるものと考えています。たんぱく質の消化率はどのパスタも80%を超えましたが、コオロギ粉末入りはわずかに低い値でした。アミノ酸のバランスを見ると、対照パスタは必須アミノ酸のリシンが大きく不足していましたが、コオロギ粉末によって改善しました。その代わり、配合量が多いほど硫黄を含むアミノ酸がやや不足する傾向が見られました。著者らは、全体としてたんぱく質の質が高まったと結論づけています。
見た目と香りの評価では、ゆでる前のパスタの見た目を「好ましい」とした人の割合が、コオロギ粉末の配合量が増えるにつれて66%から37%に下がりました。ただし5.8%配合では「好ましくない」は増えておらず、評価は迷いを示す「どちらでもない」に移っていました。香りについては、10%配合のゆでる前のものがはっきり不利な評価を受けました。一方、ゆでた後は香りの評価がどのパスタでも好転しました。香りから連想するものとしては「全粒粉」「レンズ豆」「豆類」「ヘーゼルナッツ」などが多く挙げられました。なお、味は評価しておらず、この官能評価は探索的なものだと著者らは明記しています。
研究が示すこと
この研究は、グルテンフリー生パスタのでんぷんと油の一部をコオロギ粉末で置き換えることで、工業的な製法でも許容できる調理品質を保ちながら、たんぱく質の量と質を高め、脂質を減らせる可能性を示しました。同時に、色や香りといった見た目の印象は配合量によって受け止められ方が変わること、そして昆虫を使った食品ではたんぱく質の測り方しだいで表示内容が変わり得ることも浮き彫りにしています。
原著論文の著者・所属:Carlos Gabriel Arp(Centro de Investigación y Desarrollo en Ciencia y Tecnología de Alimentos (CIDCA) Facultad de Ciencias Exactas‐Universidad Nacional de La Plata, Comisión de Investigaciones Científicas de la Provincia de Buenos Aires, Consejo Nacional de Investigaciones Científicas y Técnicas La Plata Argentina; Department of Agronomy, Food, Natural Resources, Animals and Environment University of Padova Legnaro Italy)、Stefano Zardetto(Department of Agronomy, Food, Natural Resources, Animals and Environment University of Padova Legnaro Italy; Gruppo Voltan, Assicurazione Qualità & R&D Olmo di Martellago (VE) Italy)、Alyssa Hidalgo(Department of Food, Environmental and Nutritional Sciences (DeFENS) Università Degli Studi di Milano Milan Italy)、Gabriella Pasini(Department of Agronomy, Food, Natural Resources, Animals and Environment University of Padova Legnaro Italy)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Carlos Gabriel Arp, Stefano Zardetto, Alyssa Hidalgo, et al. Enrichment of Gluten‐Free Fresh Pasta With Cricket Flour: Technological and Nutritional Quality. Food Science & Nutrition 2026-08-01. DOI: 10.1002/fsn3.72213. 原著ライセンス:CC BY.