掲載誌:Food science & nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ニンジンにはカロテノイドや食物繊維、ビタミン、抗酸化性をもつ成分が含まれており、乾燥させて粉にしたニンジン粉末は、焼き菓子類の栄養面を高める素材として注目されています。しかし著者らは、ニンジン粉末を加えると生地のふくらみが落ちたり、硬くなったり、内部の組織が不均一になったりして、食べる人の受け入れられやすさが下がる場合があることを、先行研究をふまえた課題として挙げています。
こうした課題への対処として食品づくりで広く使われてきたのが、ハイドロコロイドと呼ばれる多糖類系の素材です。水を抱え込む力やガスを保つ力によって、生地の流動性や焼き上がりの食感・体積を整える働きがあるとされます。その一つであるバジルシードガム(バジルの種子から得られる粘質物、以下ガム)は、保水力やゲルをつくる性質に加え、フェノール化合物などの成分をもつ点が報告されてきました。ただし、ニンジン粉末を配合したパンケーキへの応用はまだ十分に検討されていませんでした。
そこで本研究は、ガムの配合量を変えたときに、ニンジン粉末入りパンケーキの色、物理的な性質、化学的な性質、抗酸化に関わる成分、そして官能評価(食べた人の評価)がどう変わるかを、系統的に調べることを目的としています。
何を、どのように調べたか
著者らはイランのハマダーン産のニンジンを薄切りにして70℃で乾燥させ、粉砕・ふるい分けしてニンジン粉末をつくりました。バジルシードガムは、市販のバジル種子を蒸留水に浸して表面の粘質層をはがし取り、乾燥・粉砕して調製しています。
パンケーキの配合は、ニンジン粉末、バニラ、ベーキングパウダー、砂糖、牛乳、卵、油を組み合わせた一定の処方とし、そこにガムを0%、0.1%、0.2%、0.3%(重量比)の4水準で加えました。全体の配合量を一定に保つため、加えたガムの分だけ植物油を減らしています。生地は約25gずつ、180〜190℃に予熱した鍋で焼きました。
測定項目は幅広く、生地と焼き上がりのパンケーキの色(明るさ・赤み・黄色みの指標)、重量・焼成損失(焼くあいだに失われる割合)・体積・密度・硬さ、水分とアッシュ(灰分=焼いた後に残る総ミネラル分)、pHと滴定酸度、総フェノール含量と抗酸化能、そして20名のパネルによる9点法の官能評価(外観・香り・風味・食感・総合)です。各処理は3回ずつ独立に繰り返し、統計的な差は分散分析と多重比較で判定しています。
主な報告結果
色については、ガムを増やすほど生地の明るさ・赤み・黄色みがいずれも高まったと報告されています。焼き上がりでは部位によって傾向が分かれ、表面の明るさは下がる一方で、内部(クラム)の明るさは上がりました。赤みと黄色みは表面・内部ともに上昇しています。著者らは、表面が暗くなるのは焼成中の褐変反応が強まったためではないか、内部が明るくなるのは水分の分布や組織の均一さが改善したためではないかと考察しています。
物理的な性質では、変化がはっきりしていました。焼成損失は無添加の8.32%から、0.3%配合で1.48%まで下がり、焼き上がりの重量は22.92gから24.63gへ増えました。体積は23.02cm³から26.58cm³へ増え、密度は995.54kg/m³から926.87kg/m³へ低下しています。硬さも0.56Nから0.35Nへ下がりました。著者らはこれを、ガムが水を保ち、生地の粘りを通じて気泡を安定させることで、より軽く多孔質で柔らかい構造ができたためと説明しています。
化学的な項目では、水分含量が無添加の36.49%から0.3%配合で47.58%へ、灰分が1.28%から1.42%へと、いずれも増えました。一方でpHは6.97から6.40へ下がり、滴定酸度は0.20%から0.46%へ上がっています。著者らは、灰分の増加はガム自体に含まれるミネラルの寄与、pHの低下と酸度の上昇はガムがもつ酸性の成分によるものと解釈しています。
抗酸化に関わる指標も上向きました。総フェノール含量は983.88から1019.65μg没食子酸相当/gへ(対照比で約3.6%増)、抗酸化能は74.06%から75.73%へ(同じく約2.3%の上昇)と、いずれも統計的に有意な増加が報告されています。官能評価では傾向が一つに揃いませんでした。外観の評価はガムを増やすほど下がった一方、香りの評価はどの配合でも高いまま変わらず、風味・食感・総合の評価はガムの増加とともに明確に高まり、0.3%配合で最も高い値になっています。
この研究が示すこと
この研究は、ニンジン粉末を加えたパンケーキにバジルシードガムをごく少量(0.3%まで)加えるだけで、水分の保持、体積、柔らかさといった作りやすさ・食べやすさに関わる性質が同時に変わることを、一連の測定で示しました。しかも、そうした食感の調整に用いた素材が、フェノール含量や抗酸化能といった成分面の指標も押し上げていた点を、著者らは報告しています。
同時に、外観の評価だけは配合量が増えるほど下がるという反対向きの結果も示されており、一つの素材が品質のすべての側面を同じ方向に動かすわけではないことがうかがえます。植物性の粉末を配合した食品づくりで生じる食感や保水の課題に対し、天然のハイドロコロイドがどのような手がかりになりうるのかを、具体的な数値とともに描き出した研究といえます。
著者:Salehi F(Department of Food Science and Technology, Faculty of Food Industry Bu-Ali Sina University Hamedan Iran.)、Vejdanivahid S(Department of Food Science and Technology, Faculty of Food Industry Bu-Ali Sina University Hamedan Iran.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Salehi F, Vejdanivahid S. Effects of Basil Seed Gum on Physicochemical, Antioxidant, and Sensory Properties of Carrot Powder-Enriched Pancakes. Food science & nutrition 2026-08-12. DOI: 10.1002/fsn3.72255. 原著ライセンス:CC BY.