お祭りやスポーツの祭典、宗教的な巡礼など、多くの人が一か所に集まる「マス・ギャザリング(大規模集会)」では、普段とは違う形で食のリスクが高まることが知られています。会場周辺には仮設の屋台や簡易的な調理設備が並び、限られた水や衛生設備を大勢の人が共有します。こうした環境が、食べ物や水を介した感染症の広がりやすさにどうつながっているのかを整理したのが、今回紹介する研究です。この研究はレビュー(既存の報告や事例をまとめて論じる形式の論文)であり、著者はフランスのエクス・マルセイユ大学、モロッコのハッサン2世大学カサブランカ校に所属しています。

大規模集会で報告されてきた病原体と実際の集団感染

この論文では、大規模集会の場でこれまで報告されてきた食品媒介感染症の原因として、サルモネラ属菌、大腸菌、ノロウイルス、赤痢菌属、コレラ菌、セレウス菌、黄色ブドウ球菌などが挙げられています。さらに、開催地や状況によってはカンピロバクター属、A型肝炎ウイルス、クリプトスポリジウム属、サイクロスポラ属といった病原体もリスクとなり得るとされています。具体的な事例として、メッカへのハッジ巡礼、インドのクンブ・メーラ、イラクのアルバイーン巡礼といった大規模な宗教的巡礼において、食べ物や水の汚染に関連した胃腸炎の発生が続いていることが紹介されています。また、ルワンダ、インド、日本、マレーシアで実際に記録された集団感染事例も取り上げられ、不適切な食品の取り扱いや、温度管理の不備、衛生習慣の不足が発生に深く関わっていたことが指摘されています。日本の事例が具体的にどのような内容だったかは要旨からは明らかにされていませんが、大規模集会における食品由来の集団感染は特定の国や地域に限らず起こり得る問題として位置づけられています。

なぜ大規模集会では食の安全が守りにくいのか

この論文では、大規模集会において食品安全を維持することを難しくしている要因として、過密な人の集中、資源の制約、仮設の食品提供体制、周辺環境の汚染、参加者の国際的な移動、そして薬剤耐性菌の存在が挙げられています。普段の飲食店とは異なり、短期間・大人数を前提とした仮設の調理・提供体制では、衛生管理や温度管理を徹底することが構造的に難しくなりやすいという点が論じられています。こうした課題に対応するために必要な取り組みとして、食品安全に関する規制の整備、屋台や調理担当者への衛生教育、水質の管理、公衆衛生上の監視体制、住民や参加者への健康教育、そして感染が発生した際に迅速に対応できる体制づくりが、多分野にまたがる形で必要だとまとめられています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この論文はレビューという性質上、特定の一つの調査や実験を行ったものではなく、これまでに報告されてきた事例や知見を整理・総括したものです。そのため、個々の集団感染の詳しい発生規模や因果関係を新たに検証したものではなく、既存の報告をもとにした全体像の提示にとどまる点に留意が必要です。著者らは、今後の備えとして、デジタル技術を用いた監視体制や国際的な協力体制への投資を続けることの重要性を指摘していますが、これは提言としての位置づけであり、特定の対策の効果が実証されたことを意味するものではありません。

まとめ

大規模な人の集まりは、食のインフラや衛生管理にとって普段以上の負荷がかかる場であり、過去にも複数の国でサルモネラ属菌やノロウイルスなどによる集団感染が報告されてきました。今回のレビューは、そうした事例と課題を整理し、食品安全対策には規制・教育・監視・迅速な対応体制など複数の側面からの取り組みが必要であることを示唆しています。一つのレビュー論文であり、これによって大規模集会での食品リスクが解決されたわけではない点を踏まえて読むことが大切です。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Jafar Usman, Imane Elmir. Food safety and foodborne disease prevention during mass gatherings. マス・ギャザリング・メディシン (2026). DOI: 10.1016/j.mgmed.2026.100075. 原著ライセンス: cc-by.