ヤギ肉は低脂肪で高タンパク、ビタミンB群やミネラルも豊富な赤身肉として注目される一方、独特のにおいが好みを分けることが知られています。この特有のにおいは、反芻動物であるヤギの体内で作られる分岐鎖脂肪酸(4-メチルオクタン酸や4-エチルオクタン酸など)が脂肪組織にたまることが主な原因とされています。香辛料や植物由来の素材で下味をつける方法も試みられてきましたが効果は限定的で、そこで注目されたのが燻煙という古くからの加工技術です。今回、韓国・江原大学校(カンウォン大学校)の研究グループが、リンゴ・オーク(ナラ)・メスキートという3種類の燻煙用ウッドチップがヤギ肉の理化学的な性質やにおいの成分、食べたときの評価にどう影響するかを調べました。
どのように調べたのか
実験には、オーストラリア産の冷凍ヤギ肉(半膜様筋という部位)を使用しました。5つの筋肉ロットからそれぞれ4枚のステーキを切り出し、燻煙なしの対照群、リンゴ・オーク・メスキートで燻煙した3群に無作為に割り付け、各群5反復という設計です。すべてのサンプルはまず1%の食塩水に4℃で16時間浸してから、60℃で1時間、続いて75℃で加熱するという工程で調理されました。燻煙群では、あらかじめ水に浸したウッドチップ(粒径5〜10mm)から出る煙を60℃で1時間、75℃で1時間当ててから、仕上げに煙なしで75℃1時間の加熱を行っています。できあがった肉について、脂質の酸化度合い(TBARS値)、色、pH、加熱による重量減少(蒸解損失)、せん断力(やわらかさの指標)、そしてガスクロマトグラフィー質量分析によるにおい成分(揮発性有機化合物、VOC)の分析に加え、経験豊富な40名のパネリストによる官能評価が行われました。
わかったこと
まず脂質の酸化を示すTBARS値は、燻煙をしていない対照群(0.69mg MDA/kg)に比べて、リンゴ群(0.54)、オーク群(0.43)、メスキート群(0.39)のすべてで有意に低く、燻煙によって酸化が抑えられたことが示されました。一方で、pH、蒸解損失、せん断力にはグループ間で統計的な差が見られず、燻煙材の種類を変えても肉の基本的な食感や保水性は保たれていたとされています。においの成分を分析したところ、合計139種類の揮発性化合物が検出され、特にオーク群とメスキート群では、ガイアコールやフェノール、オルトクレゾール、2-メトキシ-5-メチルフェノールといった燻煙由来のフェノール系化合物、そして二硫化炭素やヘキサチアンといった硫黄系化合物が有意に多く含まれていました。特筆すべきは、メスキート群でのみ二硫化炭素が大幅に増加していた点で、対照群では検出限界以下だったのに対しメスキート群では大きな値を示し、その群の硫黄化合物全体のおよそ89%を占めていました。論文では、メスキート材が一般的な広葉樹(硫黄含有率0.01〜0.05%程度)より硫黄分を多く含む(約0.5%)とされることや、燃焼部の温度が340〜350℃に達し硫黄化合物が分解しやすい条件だったことと関連づけて考察されています。こうしたフェノール系・硫黄系成分の増加は、パネリストによる官能評価での「不快なにおい」の評価の低下や、「燻煙のにおい」「総合評価」のスコア向上と対応していました。特にオーク群とメスキート群は対照群やリンゴ群に比べて総合評価が高く、著者らは、燻煙由来の香り成分がヤギ肉本来のにおいを化学的に消しているというより、強いにおいが他のにおいの感じ方を弱める「マスキング(覆い隠し)」という感覚的な仕組みによって、不快なにおいの知覚が和らいだ可能性を指摘しています。なお、たんぱく質や脂肪、水分などの基本的な栄養成分にはグループ間で差がなく、燻煙処理によって風味は変わっても栄養面の特徴は保たれていたとされています。
この研究を読むうえでの注意点
著者ら自身がいくつかの限界を挙げています。まず、肉は単一の供給元から仕入れた冷凍ヤギ肉であり、結果がどこまで一般化できるかには限りがあります。また、燻煙に使ったチャンバーは煙の密度や空気の流れを個別に定量管理できない仕様で、各処理群は同じ日にあらかじめ決めた順番(対照・リンゴ・オーク・メスキートの順)で処理されており、無作為な順序ではありませんでした。においの成分値は内部標準物質を使わずに測定された相対値(半定量値)であり、絶対量としての比較には注意が必要とされています。特にメスキート群で目立った二硫化炭素についても、標準物質による確認は行われておらず、今後の追加検証が望ましいとされています。さらに、においの成分と官能評価の対応関係は、においを個別に嗅ぎ分けるガスクロマトグラフィー・オルファクトメトリーなどの手法までは行っておらず、あくまで相関にとどまり因果関係を直接示すものではないと述べられています。官能評価も、訓練された経験豊富なパネルによる評価であり、一般消費者の好みそのものを表すものではない点も付け加えられています。一つの研究で得られた結果であり、燻煙材の選び方がヤギ肉の受け入れやすさを一律に決めるという結論にはまだ至っていません。
まとめ
この研究では、ヤギ肉をオークやメスキートのウッドチップで燻煙すると、フェノール系・硫黄系のにおい成分が大きく増え、それに伴って不快なにおいの評価が下がり、燻煙の香りや総合的な満足度が高まる傾向が見られたと報告されています。同時に、脂質の酸化を抑える効果も確認されましたが、肉の基本的な食感や栄養成分は保たれていました。燻煙材の種類によって仕上がりの風味が変わりうるという知見ですが、著者らも述べている通り、まだ一つの研究段階であり、燻煙条件や検証方法の違いによって結果が変わる可能性も残されています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Jinwoo Park, Dowon Jeong, Yousung Jung, et al. Effects of Apple, Oak, and Mesquite Wood Chips on the Physicochemical Properties, Volatile Organic Compounds, and Sensory Characteristics of Brined Smoked Goat Meat. フーズ (2026). DOI: 10.3390/foods15162806. 原著ライセンス: cc-by.