犬や猫に生肉や新鮮な食材を使った手作り食を与える『フレッシュフィーディング』が注目される一方、その栄養価を巡る議論は長く平行線をたどってきました。従来の規制や基準は、各栄養素が定められた最低量(フロア)を超えているかどうかという一点だけで食事を評価してきました。しかしこの方法では、その栄養素がどんな食材由来なのか、その食事が長期的に動物の生物学的な特性に見合っているかどうかは問われません。今回、Growlrr Foods Pvt Ltd(インド・チェンナイ)のPrasanna Muralidharan氏が発表した論文は、この『足りているかどうか』だけを見る単一軸の評価が、生鮮食を巡る議論の混乱の中心にあると指摘し、評価をやり直すための枠組みを提案しています。

『生物学的な適切さ』と『栄養充足性』は別問題

この論文は、伴侶動物向けの食事の質は本来、独立した二つの軸で決まると論じています。一つは食事の構成が動物の生物としての特性に合っているか(生物学的適切さ)、もう一つは栄養素の量が基準を満たしているか(栄養充足性)という軸です。著者はこの二軸を両方満たす食事を『BARC(Biologically Appropriate, Residually Corrected=生物学的に適切で、残差が補正された食事)』と定義しました。これは、公表されている数値基準をクリアする新鮮食材ベースの食事に、NRC2006年基準(および同種のFEDIAFやAAFCOの基準)に照らして測定された不足分を補うための計算された補正を加えたものを指すとされ、どちらか一方だけでは条件を満たさないと説明されています。論文では、この二軸の組み合わせによって生じる4つの食事状態も導き出されています。

『栄養は足りている』と見えても崩れる仕組み

論文では、確定的な点推定モデルを用いた具体例が示されています。肉を含まない穀物ベースの食事は、一見『栄養充足』と判定されうる一方、含硫アミノ酸の総量(TSAA)は推奨許容量に対しておよそ111%とされています。しかしそこから動物性タンパク質由来の一成分を取り除くと、この値はおよそ61%まで落ち込むと報告されています。著者は、これは微量栄養素をいくら補正しても直せない『構造的な破綻』であると指摘しています。

さらに論文は、なぜ現代の家庭でこの二軸がずれてしまうのかについても、量的な理由を示しています。体重に紐づく栄養必要量は体の大きさに応じて決まる一方、実際の摂取量はカロリー摂取に連動します。野生下で自由に狩りをする肉食動物は、運動量に応じて座りがちな家庭のペットの何倍もの維持エネルギーを消費し、その分だけ多くの微量栄養素も同時に摂取することになります。つまり、祖先型のレシピは祖先型の運動量・エネルギー消費のもとでは充足していても、エネルギー消費の少ない家庭環境では栄養が不足しうるという計算になります。加えて論文は、不足分を補う手段としてよく挙げられる『レバーなど内臓肉を増やす』という対処法についても、数値的に限界があると指摘しています。猫向けの食事を例に、レバーの配合比率がおよそ16%に達するとビタミンAが上限に達してしまう一方、マンガンの必要量を満たすにはおよそ47%までレバーを増やす必要があり、この二つの数値の間には両立できない開きがあると報告されています。

この研究をどう受け止めるか

この論文はモデルに基づく理論的・数量的な分析であり、実際の動物での給餌試験や臨床データを扱ったものではないと考えられます。示された数値も、著者が設定した条件下での点推定モデルに基づくものであるため、個々のレシピやすべての飼育環境にそのまま当てはまるとは限りません。手作り食やフレッシュフィーディングの評価をめぐる一つの理論的枠組みの提案であり、これによって特定の給餌方法の是非が確定したわけではない点に留意が必要です。

まとめ

この論文は、伴侶動物の食事を『栄養素が基準を満たしているか』という一つの物差しだけで測ることの限界を指摘し、食材の由来や動物の生物学的な特性との適合性という、もう一つの軸を組み合わせて評価する枠組みを提示するものです。生鮮食を与える是非そのものに結論を出す研究ではなく、評価の考え方を整理し直す試みとして読むことができそうです。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Prasanna Muralidharan. Nutrient Adequacy and Biological-Architecture Classification: A Two-Axis Framework for Evaluating Variable Fresh-Food Diets in Companion Animals. ゼノド(欧州原子核研究機構) (2026). DOI: 10.5281/zenodo.22648597.