料理の名前は、材料や作り方を示すだけのラベルではないかもしれません。インドネシア・北スマトラ州に暮らすマンダイリン民族の伝統料理を対象に、料理名に込められた言葉の意味と象徴的な意味を調べた研究が発表されました。研究チームはハラパン・メダン大学の言語学分野に所属する研究者らで、「エコ言語学」と呼ばれる、言語と人・自然環境との関わりを扱う視点から料理名を分析しています。
どんな方法で調べたのか
調査は2025年7月2日から10日にかけて、メダン市とマンダイリン・ナタル県で行われました。中心となったのは、マンダイリンの伝統称号「ジャシナロアン」を持ち、マンダイリン文化に関する著書もある62歳の文化専門家への詳細なインタビューです。この主要な情報提供者からの語りを、参与観察や関連文献のレビュー、地域の料理実践者への確認(メンバーチェック)と突き合わせることで、内容の妥当性を確かめる工夫がされています。分析には、対象を大きな意味のまとまり(ドメイン)から、下位分類(タクソノミー)、さらに個々の文化的意味(コンポーネント)へと絞り込んでいく、エスノグラフィー研究で知られるスプラッドリーの手法が用いられました。取り上げられた料理は、サンバル・トゥクトゥク、アラメ(ヤシ糖を使った粘りのある甘い菓子)、グレ・ブルン・ガドゥンなど多岐にわたります。
料理名から読み取れたこと
分析の結果、マンダイリンの料理名は材料や調理法の情報にとどまらず、相互扶助や信仰、環境への適応、地域の宇宙観といった社会的価値を映し出していることが示されました。たとえば「ブルン・ガドゥン」は、有毒植物であるヤムイモの一種(学名 Dioscorea hispida)の葉を指す言葉ですが、研究チームはこの名前自体が「特別な処理をしないと危険である」という伝統的な知識を思い出させる、いわば注意喚起の役割を果たしていると分析しています。同様に、ラタン(籐)の若芽を指す「パッカット」という名前も、数あるラタンの種類の中から食べられる部分を見分けてきた地域の知恵を反映しているとされました。
言葉の作られ方そのものにも意味があるといいます。「サンバル・トゥクトゥク」は、石臼で材料をつく際の音を表す擬音語「トゥク」を重ねた言葉で、この繰り返しの調理作業が複数人で協力して行われる「マルシアラパリ」と呼ばれる相互扶助の伝統と結びついていると説明されています。また、儀式で用いられる「ナシ・ウパウパ」という丸い形のおにぎり状の料理は、その円形が生と先祖とのつながりの循環を象徴するとされ、白いもち米に椰子砂糖入りのすりおろしココナッツを添える「シプルットとインティ」の組み合わせは、純粋さと、大地に根ざした温かさや豊かさという対照的な意味の調和を表すと解釈されています。発酵食品である「ジョルック(発酵ドリアン)」や「タウチョ・マンダイリン(発酵大豆)」については、高温多湿な熱帯気候への適応であると同時に、じっくり時間をかける発酵の過程が忍耐や成熟といった生き方の比喩としても捉えられている、と述べられています。
この研究を読むうえで注意したいこと
この研究は、特定の食品の栄養価や健康効果を検証したものではなく、あくまで料理名という「言葉」を通じて文化や環境観を読み解く言語学・文化人類学的な研究です。著者ら自身も限界を挙げており、分析の中心が一人の主要な情報提供者への聞き取りに依拠している点は、視点が偏る可能性があるとして、複数の情報源を突き合わせる方法で補ったと説明しています。また調査期間が限られていたため、長期的な観察には至っておらず、今後より長期の研究が必要だとしています。一つの民族集団を対象にした事例研究であり、ここで示された解釈がマンダイリン料理全体や他の食文化にそのまま当てはまるとは限らない点にも留意が必要です。
まとめ
この研究は、マンダイリン料理の名前が材料や調理法の情報だけでなく、協力し合う精神や自然との向き合い方、先祖への敬意といった価値観を伝える手段になっていることを、言語学的な分析を通じて示しました。研究チームは、こうした伝統料理の語彙を記録し保存することが、地域固有の知識を守り、他の民族料理の研究にも応用できる枠組みになりうると位置づけています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Alvy Mawaddah, Laraiba Nasution, Abdul Gapur. Lexical and Symbolic Meanings of Dish Names in Mandailing Cuisine: An Ecolinguistic Study. セルト:ア・ジャーナル・オブ・カルチャー・イングリッシュ・ランゲージ・ティーチング・アンド・リテラチャー (2026). DOI: 10.24167/celt.v26i1.14130. 原著ライセンス: cc-by.