著者の所属・活動拠点の国は、エクアドルです。

掲載誌:Processes

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:タンクごと温める殺菌機の温度制御

牛乳などの加熱殺菌では、設定温度に到達させるだけでなく、温度の行き過ぎ(オーバーシュート)、保持時間、タンク内の温度のばらつき、消費エネルギーまで含めて管理する必要があります。著者らは、容量250リットルのジャケット式バッチ牛乳殺菌機を対象に、この温度制御をどう設計し評価するかを実験で検討しました。

この装置では、牛乳は撹拌されるタンクの中にとどまり、外側を囲む「ジャケット」と呼ばれる層を介して間接的に加熱されます。牛乳を流しながら短時間で加熱する連続式の高温短時間殺菌(HTST)ラインとは仕組みが根本的に異なります。そのため研究チームは、連続式のモデルを流用せず、熱を蓄えていく閉じた撹拌系としてこの装置を表現することを出発点にしました。

論文は、新しい制御アルゴリズムの開発ではなく、方法論と実験面での貢献を目的としていると位置づけています。

何を調べたか:物理モデルとデータモデルの組み合わせ

研究チームは二種類のモデルを組み合わせました。一つは、牛乳とジャケットそれぞれに蓄えられる熱をエネルギー収支で表す「グレーボックスモデル」です。物理法則に基づく式の形を保ちながら、一部の値を測定データから推定する手法で、モデルが物理的・エネルギー的に妥当かを確かめる役割を担います。もう一つは「ARXモデル」で、過去の温度や加熱入力から次の温度を予測する簡潔なデータ駆動型の式です。これを目標温度に近づく段階と保持段階に限定して同定し、短期的な予測に用いました。

このARXモデルを使って、加熱出力の上限などの制約を守りつつ、先の温度変化を予測して操作量を決める「モデル予測制御(MPC)」を構成しました。比較対象には、産業現場で一般的な固定パラメータのPI制御器を採用しました。PI制御器には、操作量が上限に張り付いたときの誤動作を防ぐアンチワインドアップ機能が組み込まれています。両者は、サンプリング周期、目標温度の軌道、加熱装置の制約、データ除外の条件をそろえて比較されました。

加熱は24キロワットの電気ヒーターで行い、制御対象の温度はタンク内3か所の温度センサーの平均としました。消費エネルギーは実測した有効電力から求めています。試験はすべて牛乳を用い、65℃で30分保持し、63℃を最低温度のしきい値とする同一の条件で行いました。統計的な比較の単位は個々の時刻のデータではなく、1回分の仕込み(バッチ)全体です。このほか、データに応じてモデルを逐次更新する適応型の手法も、補助的・探索的な位置づけで別途評価されました。

主な結果:誤差、エネルギー、行き過ぎがそろって減少

5組の対になった実験ブロックで比較した結果、論文によれば、予測制御(MPC)は固定パラメータのPI制御に比べて次のように改善しました。温度追従誤差の二乗平均平方根(RMSE)は1.959℃、誤差を時間で積算した指標(IAE)は7801℃・秒小さくなりました。牛乳1キログラムあたりの消費電力量は0.0081キロワット時、オーバーシュートは3.573℃減少しました。加熱装置が出力上限に張り付く割合は44.46ポイント低下し、必要以上の加熱を温度と時間の積で表した「熱的過剰暴露」も4717℃・秒減りました。

実用上の観点では、最適化計算は評価したすべての時点で解を得られました。1回の計算にかかった時間は平均6.4ミリ秒で、5秒という制御周期に十分収まっています。

一方、データに応じてモデルを更新する適応型の手法は、更新したモデルを採用するか退けるかの判断や予測誤差の把握といった診断面では有用だったものの、性能面では固定モデルを用いた通常の予測制御を上回りませんでした。

この研究が示すこと

この研究は、タンク内で熱を蓄えるジャケット式バッチ殺菌機について、物理モデルによる妥当性の確認と簡潔なデータモデルによる予測を組み合わせることで、実機で即時に動く予測制御が成り立つことを実験で示しました。比較した固定PI制御に対しては、温度の精度だけでなく、消費エネルギー、加熱の行き過ぎ、出力上限への張り付きも同時に小さくなったと報告しています。

ただし著者らは、結論の適用範囲を明確に限定しています。結論が当てはまるのは、満量(250リットル)に近い仕込み量で、65℃・30分の牛乳殺菌条件に限られます。比較対象はあくまで一般的な固定PI制御であり、ほかの高度な制御法に対する優位性を示したものではありません。また、ここでの保持時間の判定は工学的な運転指標であり、微生物学的な殺菌効果の検証や衛生認証を意味するものではないとしています。

原著論文の著者・所属:Jesús Alberto Rodríguez-Flores(Faculty of Engineering Sciences and Industries, Universidad UTE, Quito 170527, Ecuador)、Alexander Sánchez-Rodríguez(Faculty of Engineering Sciences and Industries, Universidad UTE, Quito 170527, Ecuador)、Diego Hernando Arroyo-Almeida(Faculty of Engineering Sciences and Industries, Universidad UTE, Quito 170527, Ecuador)、Andrés Fernando Morocho-Caiza(Faculty of Computer Science and Electronics, Escuela Superior Politécnica de Chimborazo (ESPOCH), Riobamba 060155, Ecuador)、Daniel Andrés Revelo-Cáceres(Faculty of Engineering Sciences and Industries, Universidad UTE, Quito 170527, Ecuador)、Alexis Cordovés-García(Faculty of Engineering Sciences and Industries, Universidad UTE, Quito 170527, Ecuador)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jesús Alberto Rodríguez-Flores, Alexander Sánchez-Rodríguez, Diego Hernando Arroyo-Almeida, et al. Hybrid Grey-Box–ARX Identification and Constrained Model Predictive Control of a 250 L Jacketed Batch Milk Pasteurizer. Processes 2026-07-31. DOI: 10.3390/pr14152473. 原著ライセンス:CC BY.