著者の所属・活動拠点の国は、オーストラリアです。

掲載誌:Global Change Biology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:海の生き物がもつ「良い脂」の行方

魚や貝、海藻などの海の生き物は、EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)といった長い鎖をもつオメガ3脂肪酸の、自然界で唯一の供給源です。これらの脂肪酸は、海の生物の成長や繁殖を支えるだけでなく、人の健康にも重要とされています。EPAやDHAを新たに作り出せるのは主に微細藻類や海藻などの一次生産者で、食物連鎖を通じて貝や魚へと受け渡されていきます。

一方、海では水温の上昇と、二酸化炭素の吸収による酸性化(pHの低下)が進んでいます。水温が上がると、生物は細胞膜が柔らかくなりすぎないよう、硬い性質をもつ飽和脂肪酸を増やし、柔らかい性質の不飽和脂肪酸(EPAやDHAなど)を減らすことが知られています。酸性化も脂肪酸を作る酵素に影響する可能性があります。ただし、個々の研究の結果はばらつきが大きく、全体としてどのような傾向があるのかははっきりしていませんでした。

そこで研究チームは、世界中で行われた実験研究を集めて統合する「メタ解析」という手法を用い、温暖化と酸性化が海洋生物の脂肪酸にどのような変化をもたらすのか、その方向と大きさを調べました。あわせて、生物の特徴や実験の条件によって影響がどう変わるのかも分析しています。

何を調べたか

著者らは学術データベースで文献を検索し、海の生物を水温または酸性度の異なる複数の管理された環境で飼育・培養し、脂肪酸を測定した研究を選び出しました。最終的に143本の論文、489の実験、種まで特定された132種のデータが解析に使われました。対象は、藻類などの一次生産者、無脊椎動物(貝や甲殻類など)、魚類の3グループです。

脂肪酸は二つの物差しで評価されました。一つは「割合」で、全脂肪酸のうち特定の脂肪酸が何パーセントを占めるかを示し、脂の質やオメガ3とオメガ6のバランスを表します。もう一つは「濃度」で、脂肪酸が実際にどれだけの量含まれているかを示します。割合だけでは栄養の総量が分からないため、研究チームは両方を分析しました。

各実験では、最も水温が低い(または酸性度が低い)条件を対照とし、より高い条件と比べて脂肪酸がどれだけ増減したかを算出しました。温暖化については、実験での対照との温度差に応じて、低(約6℃以下)・中・高(約10℃超)の3段階に分けて影響が比較されています。

主な結果:温暖化で飽和脂肪酸が増え、オメガ3は減る傾向

論文によると、温暖化の影響は特に一次生産者で明確でした。脂肪酸の割合でみると、飽和脂肪酸はすべての温度差の段階で10〜22%増え、オメガ3脂肪酸の合計、EPA、DHAは8〜34%減少しました。一方、オメガ6脂肪酸の一種であるリノール酸は中・高段階で17〜22%増え、オメガ3とオメガ6の比率はすべての段階で34〜53%低下したと報告されています。

無脊椎動物でも似た傾向がみられ、特に高い温度差で影響がはっきりしました。飽和脂肪酸の割合は5〜20%増え、高い温度差ではEPAの割合が51%減少しました。濃度でも、高い温度差では全脂肪酸が26%、オメガ3の合計が36%、EPAが49%減ったとされています。

魚類では、飽和脂肪酸の割合が5〜7%増えたものの、多価不飽和脂肪酸(炭素どうしの二重結合を複数もつ脂肪酸で、EPAやDHAもここに含まれます)の合計、オメガ3、オメガ6の割合には有意な変化がみられませんでした。ただし、高い温度差ではオメガ3とオメガ6の比率が43%低下しました。さらに濃度でみると、高い温度差でDHAが50%、全脂肪酸が43%減少するなど、脂肪酸の量そのものが大きく減る傾向が示されました。著者らは、魚では脂の組成は比較的保たれていても、含まれる量が減っている可能性を指摘しています。

影響の大きさは生物の特徴によっても異なりました。たとえば一次生産者では、オメガ3とオメガ6の比率の低下が珪藻で71%と、海藻などの大型の一次生産者(18%)より大きく、魚類では、プランクトンを食べる種でDHAの割合が大きく増えるなど、グループ内でも反対向きの反応がみられる場合がありました。

酸性化については、温暖化に比べて影響は小さく一貫性に乏しく、変化の幅が±20%を超えることはまれでした。著者らは、酸性化に関するデータが温暖化より少なかったことも分析上の制約として挙げています。

この研究が示すもの

研究チームは、この研究を、温暖化と酸性化が一次生産者・無脊椎動物・魚類の脂肪酸に与える影響を総合的に評価した初の世界規模のメタ解析と位置づけています。結果からは、酸性化よりも温暖化が脂肪酸の変化を左右する主要な要因であり、温暖化によって脂の「質」(オメガ3の割合やオメガ3とオメガ6のバランス)と「量」(脂肪酸の濃度)の両方が損なわれる傾向が浮かび上がりました。

特に、EPAやDHAの出発点である藻類でオメガ3が減ることは、食物連鎖を通じて上位の生物へ届く量に影響しうると著者らは考察しています。一方で、生物によっては体の調整や食べ物の変化で影響を一部補える可能性もあり、影響の現れ方は生態系や生物群によって異なりうるとしています。海の温暖化が、海洋生物の栄養としての価値にも関わる問題であることを、多くの実験結果をまとめて示した研究といえます。

原著論文の著者・所属:Bethany Rose Dawson(School of Biological Sciences Adelaide University Adelaide South Australia Australia)、Evangeline Mantzioris(School of Allied Health and Human Performance Adelaide University Adelaide South Australia Australia)、Ivan Nagelkerken(School of Biological Sciences Adelaide University Adelaide South Australia Australia)、Sean D. Connell(School of Biological Sciences Adelaide University Adelaide South Australia Australia)、Camille Mellin(School of Biological Sciences Adelaide University Adelaide South Australia Australia; South Australian Research and Development Institute (Aquatic Sciences) Henley Beach South Australia Australia)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Bethany Rose Dawson, Evangeline Mantzioris, Ivan Nagelkerken, et al. The Effects of Ocean Warming and Acidification on Fatty Acid Contents of Marine Organisms: A Global Meta‐Analysis. Global Change Biology 2026-08-01. DOI: 10.1111/gcb.71056. 原著ライセンス:CC BY.