ごはんやパンなどのデンプンを口に入れると、唾液に含まれる「アミラーゼ」という酵素がさっそく分解を始めます。このアミラーゼをつくる遺伝子はAMY1と呼ばれ、人によってゲノム上のコピー数が2から20個までばらついていることが知られています。今回、コーネル大学栄養科学部門などの研究者らが、このAMY1のコピー数が肥満やインスリン抵抗性といった代謝の健康とどう関係しているのかを、これまでに発表された研究をまとめて検討するナラティブレビューとして報告しました。
アミラーゼは最初期に発見された酵素のひとつで、微生物や植物、動物に広くみられます。ヒトの唾液腺(耳下腺・顎下腺・舌下腺)から分泌される唾液アミラーゼと、膵臓から分泌される膵アミラーゼは、それぞれAMY1、AMY2という別の遺伝子でつくられており、両遺伝子は染色体1番の隣り合った位置にあります。唾液アミラーゼはデンプンのアルファ-1,4-グルコシド結合を切断し、麦芽三糖や麦芽糖などのより小さな糖に分解します。口の中で始まったこの働きは胃を通過した後も食塊の中でしばらく続き、その後、膵アミラーゼが小腸で分解を完了させることが本文中で説明されています。また、AMY1のコピー数は唾液アミラーゼ活性と正の相関がある一方で、ストレスやカフェイン、喫煙、時間帯といった要因も唾液アミラーゼ活性に影響することが述べられています。
研究チームは、AMY1のコピー数が農耕文化の広がりとともに人類集団で増えてきたという進化的背景にも触れています。デンプンを多く摂取する食生活を持つ集団ではAMY1やAMY2のコピー数が多い系統が優勢になった一方、狩猟や漁労中心の低デンプン食の集団では欠失型が広まった例があるとされ、こうした遺伝子重複はおよそ80万年前から20万年前に生じたと推定されています。例えばペルーのアンデス先住民では、ジャガイモの栽培化と時期が重なる6千年から1万年前にAMY1コピー数の多いタイプが広まり、世界で最も高いコピー数がみられる集団になったと報告されています。逆にシベリアの集団では、歴史的にマンモスやトナカイを狩り植物性炭水化物へのアクセスが限られていたため、AMY2Aが欠けていることが多いとされています。
肥満との関係ははっきりしない
この論文では、PubMed、Web of Science、CINAHL、CABIという4つのデータベースを使って文献を検索し、最終的に40件の論文を対象に内容を整理しています。体格指数(BMI)や体脂肪率、肥満の有無とAMY1コピー数の関連を調べた研究では、結果が一致していませんでした。少なくとも20件以上の研究のうち、8件は関連が見られず、10件は逆相関(コピー数が多いほど肥満度が低い)を報告していますが、そのうち6件は「女性の肥満者に限る」「アラブ系に限る」「デンプン摂取量が多い人に限る」などの条件付きでした。残る2件は逆に正の相関を報告しており、そのうち1件はデンプン摂取量が多い人でのみ正の相関がみられたとされています。著者らは、こうしたばらつきの背景として、参加者の普段のデンプン摂取量、遺伝的背景、生活習慣などが影響している可能性を指摘し、AMY1コピー数の測定方法(qPCR、droplet digital PCR、蛍光in situハイブリダイゼーションなど)自体の精度が議論の的になってきた経緯にも触れています。実際、最初期の研究であるFalchiらの報告ではAMY1コピー数とBMIの間に逆相関がみられましたが、その後Usherらは関連なしと報告し、遺伝子型判定の手法の違いが結果に影響した可能性が議論されています。こうした経緯を踏まえ、著者らは、現時点でAMY1コピー数だけを肥満リスクの単独の予測因子として使うのは信頼性が低いと結論づけています。
食後の血糖反応やインスリン抵抗性との関連
一方、食後血糖反応(PPGR、食事や飲み物の摂取後に血糖値が変化すること)については、比較的一貫した傾向が報告されています。唾液アミラーゼ活性はデンプンの分解・吸収速度を左右する主要な要因のひとつであり、本文では調理済みデンプンの最大30%が摂取後30秒以内に二糖類や小さなオリゴ糖に分解され、小腸に達するまでに最大80%が分解されうるという具体的な数値が示されています。この仕組みから、AMY1コピー数が多い人ほど、デンプン摂取後の血糖上昇が大きくなる傾向が複数の研究で報告されています。また、インスリン抵抗性の指標であるHOMA-IRとの関係についても、AMY1コピー数が多いグループではHOMA-IRやインスリン値が低い(インスリン抵抗性に対して保護的である)とする報告が複数あり、特にデンプン摂取量を考慮した場合や、コピー数が10以上の高コピー群でその関連が強く現れる傾向が示されています。ただし、こうした関連が見られなかったとする研究も一部含まれており、必ずしも全ての研究で一致した結果ではないことも本文中に記載されています。
腸内細菌叢との関わりと今後の課題
本文では、AMY1コピー数と腸内細菌叢の構成との関連を調べた研究もいくつか紹介されています。例えば、AMY1コピー数が多いグループではPrevotella属やRuminococcaceae科の細菌が多い傾向がある、あるいは無菌マウスに人由来の便移植(糞便微生物移植)を行った実験で、AMY1コピー数が高いヒト由来のドナーから移植を受けたマウスの方が、低いドナーから移植を受けたマウスより体脂肪が多くなったといった報告が挙げられています。また、低コピー群ではPrevotella対Bacteroidesの比率が高繊維食に対する体重減少を予測したとする研究もありますが、研究間で結果は一様ではありません。著者らは、AMY1コピー数と代謝の健康との関係を理解するには、普段のデンプン摂取量、遺伝的背景、生活習慣などの要因を併せて考慮する必要があり、今後さらなる研究によってAMY1コピー数を精密栄養学のバイオマーカーとしてどう活用できるかを明らかにする必要があると述べています。
今回のレビューは、これまでに発表された研究を横断的にまとめた論文であり、新たな実験を行ったものではありません。紹介されている個々の研究も対象集団の民族や規模、コピー数の区分方法がまちまちであるため、AMY1コピー数と体重や血糖値との関係について、単一の結論が確定しているわけではない点に留意が必要です。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:唾液アミラーゼ遺伝子コピー数が代謝の健康に及ぼす影響(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年08月)