私たちの腸には無数の細菌がすみついており、その中の一種であるプレボテラ属(Prevotella)が近年、消化管がんの研究で注目されています。がんと腸内細菌の関係というと、これまでは口腔由来の細菌であるフソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)を扱った研究が中心でした。今回紹介する総説論文は、フロンティアーズ・イン・オンコロジー誌に2026年08月に掲載予定のもので、プレボテラ属という細菌グループが持つ『二面性』——がんを促進する側面と、逆に守る側面の両方を持ちうること——を、これまでの研究をまとめる形で整理しています。著者は中国・揚州大学医学部(The First School of Clinical Medicine, Faculty of Medicine, Yangzhou University)などに所属する研究者です。

プレボテラ属は『敵』にも『味方』にもなりうる

この論文は、2026年3月までに発表された文献をPubMedとWeb of Scienceで『Prevotella』『gastrointestinal cancer』『short-chain fatty acids(短鎖脂肪酸)』『gut microbiota(腸内細菌叢)』などのキーワードで検索し、関連する参考文献リストからも追加で集める形でまとめられたナラティブレビュー(体系的な偏りの評価は行っていない、通常の総説)です。皮膚、口腔、腟、消化管など人体のさまざまな部位に生息するプレボテラ属ですが、その働きは一様ではなく、菌の種類や株(同じ種の中でもさらに細かい系統)によって異なる、あるいは正反対の効果を示すとされています。興味深いことに、狩猟採集民など西洋化されていない生活様式・食習慣を持つ地域の人々では、プレボテラ属が腸内細菌叢の中で優勢になっていることが知られているとも述べられています。

がんを促進する側の代表例として挙げられているのが、グラム陰性の嫌気性菌であるプレボテラ・インターメディア(Prevotella intermedia)です。この菌は、慢性炎症を引き起こす複数の経路に関わるとされています。ひとつは、菌の細胞壁に含まれるリポ多糖(LPS)がTLR4という受容体に結合し、NF-κBという炎症の指令役のような仕組みを活性化させ、さらにNLRP3インフラマソームという炎症装置を働かせて、IL-1β・IL-6・TNF-αといった炎症性物質を放出させる経路です。もうひとつは、TLR2という別の受容体を介して樹状細胞を刺激し、Th17細胞という免疫細胞の分化を促してIL-17やIL-22を放出させ、好中球を呼び寄せて炎症を強める経路です。またプレボテラ・インターメディアは、食物繊維の代謝によって生じるコハク酸を介して腸の上皮細胞に『小胞体ストレス』と呼ばれる負荷を与え、細胞内でIRE1α、PERK-ATF4-CHOP、ATF6という3つの経路を通じてアポトーシス(細胞死)を引き起こし、腸のバリア機能を壊す可能性があるとも報告されています。さらに、フソバクテリウム・ヌクレアタムと協調して炎症や免疫抑制を強める『相乗効果』も動物実験や試験管内の実験、一部のヒトの観察研究で示唆されており、大腸・食道・膵臓のがんリスクとの関連が疫学研究で報告されています。ただし著者は、こうした相乗効果に関するヒトでの研究の多くが相関関係を見たものにとどまり、年齢・性別・BMIなどを調整していても、食習慣や薬剤使用など他の要因の影響を完全には排除できていない点に注意を促しています。

一方で守る側にもなる——短鎖脂肪酸の役割

この総説ではあわせて、プレボテラ属の中には食物繊維を発酵させて短鎖脂肪酸(SCFA)、特に酪酸を作り出す株があり、これが抗炎症・抗がん的な性質を持つ可能性があるとも述べられています。具体的にはプレボテラ・メラニノゲニカ(P. melaninogenica)やプレボテラ・ロタエ(P. rothiae)などが酪酸を産生する種として挙げられています。酪酸はヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)を阻害する働きを介して、がん抑制に関わるp21やPTENといった遺伝子の発現を高め、細胞周期を止める方向に働く可能性があるとされます。またこうした代謝物は、制御性T細胞(Treg)という免疫を抑える働きを持つ細胞の分化を促したり、タイトジャンクションというバリア構造をつくるオクルディンやZO-1といったタンパク質を介して腸のバリア機能を高めたりする経路も紹介されています。

論文では、この『促進』と『抑制』のどちらの効果が現れるかは、菌株ごとの違い(strain-level heterogeneity)、食事パターン、腸内細菌叢全体の状況、そして体のどの部位に存在するか(解剖学的な局在)という4つの要因によって左右されるとまとめられています。同じ酪酸を含む代謝物でも、炎症が起きている環境下ではむしろ炎症性の遺伝子ネットワークを活性化させうるなど、状況依存的な性質を持つことも指摘されています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この論文はあくまで既存研究をまとめた総説(レビュー)であり、著者自身も繰り返し、多くの機序に関する知見はプレボテラ・インターメディアなど特定の種を対象にした研究や、動物モデル・試験管内実験に基づくものであって、ヒトでの直接的な因果関係を示す証拠はまだ限られていると述べています。またこの総説では正式なバイアス評価(研究の質を体系的にチェックする手続き)は行われていない点も明記されています。大腸がんの組織でプレボテラ・インターメディアが有意に多く見つかったとする研究や、口腔扁平上皮がんの患者でこの菌の検出頻度が高かったとする研究なども紹介されていますが、これらも患者と対照群を比べる観察研究や細胞実験によるもので、菌ががんの原因であることを直接証明したものではありません。

まとめ

今回紹介した総説は、腸内細菌の一種であるプレボテラ属が、菌株や食事、腸内環境、体内での場所によって、消化管がんを促す方向にも抑える方向にも働きうるという『二重の役割』を、これまでの分子メカニズム研究を整理してまとめたものです。酪酸などの短鎖脂肪酸を介した保護的な働きが示唆される一方、特定の種は慢性炎症や免疫回避を通じてがんの進行に関わる可能性も報告されています。ただしこれらの知見の多くは動物実験や観察研究に基づくものであり、著者自身がヒトでの直接的な因果関係の証拠はまだ限られていると述べているとおり、一つの総説の内容であって結論が確定したものではない点に留意が必要です。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:消化管腫瘍形成におけるプレボテラ属の二重の役割:分子機構から治療応用の展望まで(フロンティアーズ・イン・オンコロジー・2026年08月)