この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Journal of microbiology and biotechnology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
加熱式たばこ(heat-not-burn、HnB)は、900℃を超える高温で燃やす従来の紙巻きたばこと違い、300〜350℃程度の比較的低い温度で加熱し、ニコチンや香りの成分をエアロゾル(細かい霧状の粒子)として放出する製品です。論文の導入では、この低い加熱温度のためにたばこ成分の熱分解が抑えられ、既存研究ではタールや一酸化炭素、多環芳香族炭化水素といった有害成分の放出が従来の紙巻きたばこの煙より少ないと報告されていることが紹介されています。一方で、加熱温度が低いために香りが立ちにくく、味わいの強さが弱いという課題も指摘されています。
研究チームは、この香りの不足を補う素材としてシガー(葉巻)用のたばこに着目しました。シガー用たばこは香りの層が厚く特徴的な香気成分を持ちますが、窒素分が多く糖が少ないという性質があり、タンパク質やセルロースといった大きな分子を多く含みます。これらは加熱時に分解して刺激のある物質や苦味、不快な異臭を生みやすく、吸い心地を損なうと説明されています。そこで本研究は、シガー本来の香りを保ちながら、こうした大きな分子に由来する好ましくない影響を和らげることを狙い、枯草菌(Bacillus subtilis)DES-59株を使った発酵の効果を調べました。著者らによれば、DES-59株をシガー用たばこ粉末の発酵に用いた報告はこれまでにないとのことです。
何をどのように調べたか
材料には雲南省の農業科学院から提供された「雲雪6号」というシガー用たばこの中葉が使われました。自然乾燥と予備的な発酵を経た葉から茎を除き、粉砕して200メッシュのふるいを通し、たばこ粉末にしています。葉のままではなく粉末を使ったのは、加熱式たばこ向けのシート状たばこの製造に適していることに加え、表面積が大きく菌が付着・定着しやすいためだと説明されています。
実験では、培養した枯草菌DES-59の菌液をたばこ粉末に均一に噴霧し、水分を30.0%に調整したうえで、25℃・相対湿度65%の恒温恒湿の環境で7日間、固体発酵を行いました(DES-59処理区)。対照区には同量の滅菌蒸留水を加え、それ以外の条件は同じにしています。24時間ごとに撹拌し、すべて3反復で実施されました。
発酵の前後で、タンパク質、遊離アミノ酸、セルロース、可溶性糖・還元糖、総アルカロイドといった成分を規格に沿って測定しています。香りについては、実際の加熱式たばこの作動温度に近い350℃まで急速に加熱して発生した煙の成分を捕集し、GC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)で分析しました。常温での分析では実際の加熱時の香りの出方を十分に反映できないため、この条件が選ばれたとされています。さらに、発酵した粉末から実際に葉巻風味の加熱式たばこを製造し、訓練を受けた5名の専門評価員が、試料の識別を伏せた状態で無作為な順序で官能評価(100点満点)を行いました。加えて、細菌の16S rRNA遺伝子の一部を用いた高速シーケンスにより、発酵後の微生物の顔ぶれも調べています。
報告された主な結果
成分については、7日間の発酵後、DES-59処理区のタンパク質が10.55%減少したと報告されています。これに対応するように、遊離アミノ酸は発酵開始時に比べて30.10%増加しました。対照区でも自生の微生物の働きでアミノ酸がある程度増えましたが、処理区の増加はそれを明らかに上回ったとされています。セルロースは両区とも有意に減少しました。また7日目の時点で、処理区は対照区より可溶性糖が22.36%、還元糖が47.86%高い値を示しました。総アルカロイドは処理区でわずかに減少しています。論文では、アミノ酸と糖はメイラード反応(加熱時に糖とアミノ酸が反応して香ばしい香りの成分ができる反応)の重要な前駆物質だと説明されています。
350℃での熱分解による香気成分の分析では、オレフィン類、アルデヒド・ケトン類、エステル類、アルコール類、フェノール類、複素環化合物など主要な区分の総量が、いずれも処理区で対照区より多くなりました。なかでもエステル類が86.95%増と最も大きく、アルデヒド・ケトン類が58.53%増、フェノール類が35.69%増と続いています。個別の成分では、トランス桂皮アルデヒドやβ-イオノールなどいくつかの成分が100%を超えて増加し、たばこで最も主要な内在性香気成分とされるネオフィタジエンは25.84%増加したと報告されました。カロテノイドの分解物である4,7,9-メガスチグマトリエン-3-オンは167.62%増加しており、これらは花や木を思わせる香りに寄与すると説明されています。
官能評価では、総合点が対照区の79.00点から処理区の83.00点へ上がりました。最も伸びたのは「香りと風味」の項目で、22.50点から24.70点になっています。刺激性の評点も11.60点から12.50点へ上がり(評点が高いほど良い評価)、味と煙量もわずかに上昇、調和と生理的強度は両区でほぼ変わりませんでした。
微生物については、種数の目安であるChao1指数は両区で同程度だった一方、種の均等さも反映するShannon指数は処理区で有意に低下し、優占度の指標は上昇しました。門のレベルでは、対照区でシュードモナドータ門が58.43%を占めていたのに対し、処理区ではバシロータ門が53.00%まで増えて最も多い門になりました。属のレベルでも、対照区ではシュードモナス属(25.0%)、パントエア属(17.6%)、バシラス属(12.2%)が多かったのが、処理区ではバシラス属が52.4%まで増えて優占しています。ただしシュードモナス属とパントエア属も比較的高い割合を保っており、著者らはDES-59と安定して共存している可能性を指摘しています。微生物群集データからの機能予測では、糖代謝とアミノ酸代謝に関わる経路の割合が処理区で高まる傾向が示されましたが、論文はこれがあくまで予測に基づく示唆であり、代謝物の定量などによる検証が必要だと述べています。
この研究が示すこと
この研究は、シガー用たばこ粉末に枯草菌DES-59を接種して発酵させると、タンパク質が減って糖や遊離アミノ酸が増えるという成分の変化が起こり、それに伴って350℃加熱時の香気成分の放出が増え、専門評価員による官能評価も改善したことを報告しています。同時に、微生物の顔ぶれがバシラス属中心へと組み替わることも示されました。
著者らは、この結果を、葉巻風味の加熱式たばこ向け素材の香味を調整するうえでDES-59が有望であることを示すものと位置づけ、今後は発酵の進み方の追跡や条件の最適化、代謝の検証、規模を広げた試験が必要だとしています。香りの立ちにくさと不快な異臭という、低温加熱ならではの課題に対して、微生物発酵という古くからの手法を目的を絞って使うという道筋を、実測データとともに示した報告といえます。
著者:Liang LX(School of Biology and Biological Engineering, Guangdong Key Laboratory of Fermentation and Enzyme Engineering, South China University of Technology, Guangzhou Higher Education Mega Center, Panyu, Guangzhou 510006, P. R. China.)、Zhu MJ(School of Biology and Biological Engineering, Guangdong Key Laboratory of Fermentation and Enzyme Engineering, South China University of Technology, Guangzhou Higher Education Mega Center, Panyu, Guangzhou 510006, P. R. China.)、Zhao L(Yunnan Academy of Tobacco Agricultural Sciences, Kunming 650021, P. R. China.; China Tobacco Breeding Technology Innovation Center, Kunming 650021, P. R. China.; Yunnan Daguan Laboratory, Kunming 650021, P. R. China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Liang LX, Zhu MJ, Zhao L. <i>Bacillus subtilis</i> DES-59 Modulates Microbial Community Structure and Aroma Formation in Cigar Fermentation to Improve the Quality of Heat-Not-Burn (HnB) Tobacco. Journal of microbiology and biotechnology 2026-09-02. DOI: 10.4014/jmb.2605.05012. 原著ライセンス:CC BY.