抗菌薬や抗真菌薬が効きにくい薬剤耐性菌の増加は、公衆衛生だけでなく食品産業にとっても大きな課題とされています。世界保健機関(WHO)の推計によれば、2019年には薬剤耐性が直接の原因となった死者が世界で127万人にのぼり、有効な対策が取られなければ2050年には年間最大2803万人が死亡する可能性があるとされています。こうした状況を背景に、生物由来の新しい抗菌手段の探索が進められており、その候補の一つとして注目されているのが、乳酸菌(Lactobacillus属)が作り出す『無細胞上清(CFS)』です。CFSとは、乳酸菌を培養した液から菌体そのものを取り除いた上澄み液のことで、有機酸やタンパク質、ペプチド、過酸化水素、バクテリオシンといった多様な代謝産物を含むとされています。今回、エクアドルの研究チームが、腟由来の乳酸菌30株から得たCFSについて、多剤耐性菌を含む15種類の細菌・酵母に対する抗菌活性を比較した研究をプロス・ワン誌に報告しました。

研究でわかったこと

研究チームはまず、腟の常在細菌叢から分離された30株のLactobacillusを分類しました。最も多かったのはLactobacillus gasseri(11株)で、次いでLactobacillus crispatus(5株)、そのほかLactiplantibacillus plantarum、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus iners、Limosilactobacillus reuteri、Limosilactobacillus fermentum、Lactobacillus jenseniiなどが含まれていました。対する病原体側は、大腸菌(Escherichia coli)、肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)などのグラム陰性菌、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)や腸球菌(Enterococcus faecalis、Enterococcus faecium)などのグラム陽性菌、さらにCandida albicansやCandida tropicalisといった酵母を含む15株で、多剤耐性株(ESBL産生大腸菌、カルバペネマーゼ産生肺炎桿菌、MRSA、バンコマイシン耐性腸球菌など)も含まれていました。

まず各CFSに含まれる化学成分をHPLCなどで調べたところ、株ごとのばらつきが大きく、中でも乳酸の濃度は1グラムあたり28.94~318.85ミリグラムと幅広く分布していました。クエン酸(0.17~14.14mg/g)やシュウ酸(1.85~5.01mg/g)はそれより低い濃度でした。またロイシン(1.06~13.30mg/g)やプロリン(29.74~356.03mg/g)などの遊離アミノ酸、総タンパク質量(0.85~1.76mg/g)にも株による差が見られ、これは種の違いというより、各乳酸菌が持つタンパク質分解酵素の働きの違いを反映している可能性があるとされています。

抗菌活性の評価では、最小発育阻止濃度(MIC)を指標にした結果、30株中10株のCFSが幅広い病原体に対して有効(MICおよびMBC/MFC=最小殺菌・殺真菌濃度が主に20mg/mL程度)と分類されました。これに対し、同じ種であっても5株のCFSはMIC・MBC/MFCが40mg/mL以上と効果が乏しく『非有効』に分類され、抗菌活性は種よりも株ごとの個性に左右されることが示されました。興味深いことに、乳酸濃度が高いほど必ずしも抗菌活性が強いわけではなく、有効なCFSと非有効なCFSで乳酸濃度が近い例もあり、乳酸以外の代謝産物も抗菌活性に関与している可能性が示唆されています。

生菌数(CFU/mL)を用いた検証では、有効なCFSは対照と比べて平均で約4桁(log)の生菌数減少をもたらしました。グラム陰性菌では2桁程度まで減少する例もあり、細菌を死滅させる『殺菌的』な効果に近いとされる一方、CandidaなどのグラムC陽性菌や酵母では4~7桁程度の減少にとどまり、増殖を抑える『静菌的』な効果が中心と考えられました。さらに蛍光顕微鏡を用いた観察では、CFS処理後の生細胞の割合は、大腸菌で約20%、肺炎桿菌で約25%、緑膿菌で約35%、黄色ブドウ球菌で約48%などに低下し、処理後の総細胞密度はいずれも1平方センチメートルあたり10の4乗~10の5乗個程度であったと報告されています。

CFSの抗菌活性がどのような成分によるものかを調べるため、研究チームはCFSのpH(もとは4.17~4.99の酸性)を中性(pH7.0前後)に調整する実験と、タンパク質分解酵素(プロテイナーゼK)、糖分解酵素(α-アミラーゼ)、脂質分解酵素(リパーゼ)で処理する実験を行いました。その結果、pHを中性化すると抗菌活性は大きく低下したものの完全には消えず(酸性時の阻害率80%超に対し、中性化後は40%以下)、酸性の成分(有機酸など)が活性の主な担い手である一方、酸性でない成分も一定の役割を果たしていることが示されました。また酵素処理でも活性は部分的、あるいはほぼ完全に失われるケースがあり、タンパク質・多糖・脂質に関連する複数の成分が組み合わさって抗菌作用を生み出している可能性が示唆されています。ただし著者らは、この酵素処理実験はあくまで間接的・予備的な手がかりであり、具体的にどの分子が効いているかを特定するものではないと注意を促しています。

安全性の確認として、ヒト肝がん由来のHepG2細胞とマウスマクロファージ由来のRAW 264.7細胞を用いた毒性試験も行われました。HepG2細胞の生存率に有意な影響は見られなかった一方、RAW 264.7細胞ではMTTアッセイの信号が低下する結果が見られました。著者らはこれについて、細胞が実際に死んでいるというより、代謝活性の変化や細胞の感受性の違いを反映している可能性があるとし、明確な毒性とは言い切れないと述べています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、腟由来のLactobacillus30株という限られた集団を対象にした実験室内(in vitro)の検証であり、ヒトや動物の体内で同様の効果が得られるかを直接示したものではありません。著者ら自身も、菌の増殖抑制と実際に菌を殺す作用は必ずしも比例せず、その違いを詳しく調べる時間経過ごとの殺菌試験(タイムキルアッセイ)は今回実施していないと述べています。また、有機酸の定量もラウリン酸など4種類に絞った標的分析であり、CFS全体の網羅的な成分解析(メタボローム解析)ではないこと、酵素処理実験も活性成分を特定するものではなく間接的な手がかりにとどまることも限界として挙げられています。研究チームは、今回の結果はCFSのさらなる化学的な特性解明や、実用化に向けた研究を優先的に進める根拠になるとしていますが、あくまで一つの研究段階の知見であり、ヒトでの効果や安全性が確立したわけではありません。

まとめ

この研究では、腟由来のLactobacillus30株から得た無細胞上清(CFS)を、多剤耐性菌を含む15種類の細菌・酵母に対して調べたところ、10株のCFSが幅広い病原体に対して抗菌活性を示し、生菌数を最大で4桁程度減少させたことが報告されました。抗菌活性には酸性・非酸性の両方の代謝産物が関与しているとみられ、ヒト肝細胞への明確な毒性は見られなかったとされています。ただしこれは実験室レベルの基礎研究であり、著者らも今後さらなる化学的解析や応用に向けた研究が必要だとしています。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:無細胞だが強力:多剤耐性病原体に対するLactobacillus上清の抗菌能(プロス・ワン・2026年08月)