日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Geriatrics and gerontology international/Geriatrics & gerontology international
ライセンス: 論文に記載なし
股関節や背骨の骨折で入院した高齢者、あるいは整形外科の手術を受けた高齢者は、肺炎や誤嚥(食べ物が誤って気管に入ること)のリスクが高まることが知られています。その背景の一つに嚥下障害、つまり飲み込みの機能低下があります。しかし嚥下障害の有無を調べるには内視鏡検査などの専門的な評価が必要になることが多く、現場では見落とされがちだという課題がありました。今回、東京大学大学院医学系研究科(老年病学)と千葉県の朝日脳神経外科リハビリテーション病院などの研究者らが、特別な器具を使わずに嚥下障害のリスクを簡単に見積もれるスコアを開発し、その妥当性を検証した研究を報告しています。
どのように調べたのか
研究の対象は、2014年1月から2022年9月にかけて、脆弱性骨折(大きな外傷ではなく骨がもろくなったことで起きる骨折)で入院した、または整形外科手術(脊柱管拡大形成術や人工股関節・膝関節置換術など)を受けた65歳以上の高齢者934人です。骨折の内訳は股関節骨折が500人(53.5%)、脊椎骨折が226人(24.2%)と最も多くを占めていました。
入院初日に、リハビリ科医師、リハビリ看護師、言語聴覚士、歯科衛生士のチームが、反復唾液嚥下テスト、フードテスト、改訂水飲みテストという3つの方法で嚥下機能を評価し、必要に応じて内視鏡検査(嚥下内視鏡検査)も実施しました。加えて、日本の食文化に合わせて「ご飯」と「おかず」の形態を別々に評価している点が特徴です。ご飯は「普通のご飯」「全粥」「ミキサー粥・経管栄養・絶食」の3段階、おかずは「普通のおかず」「きざみ食」「ミキサー食・経管栄養・絶食」の3段階に分類されました。あわせて1日あたりの摂取カロリーも入院時から月ごとに記録されています。
入院中の肺炎の発症、そして退院後平均2.0年(最長8.8年)にわたる追跡での肺炎による死亡・誤嚥(窒息)による死亡を主な指標とし、性別やカロリー摂取量、食事形態、残っている歯の数、噛み合わせの状態など複数の候補要因との関連をオッズ比・ハザード比として計算しました。
スコアからわかったこと
入院中に肺炎と診断されたのは43人(4.6%)でした。追跡期間中に174人(18.6%)が死亡し、そのうち38人(21.8%)が肺炎、2人(1.1%)が誤嚥(窒息)が原因とされています。
複数の候補要因のうち、最終的に「男性であること」「1日800kcal未満のカロリー摂取」「ご飯・おかずの形態が普通食より柔らかい・刻んである・ミキサー状である」ことが、肺炎の発症および死亡と統計的に関連する要因として選ばれました。一方で、残っている歯の本数や噛み合わせの状態、骨折・手術の種類は、いずれの指標とも明確な関連が見られませんでした。
これらの結果をもとに、研究チームは重みづけした点数システムを作成しました。男性であること、800kcal未満のカロリー摂取、食事形態が全粥やきざみ食であることにそれぞれ1点、食事形態がミキサー食・経管栄養・絶食にあたる場合は2点を割り当てる方式です。この合計点が高いほど、肺炎による死亡・誤嚥による死亡のリスクが段階的に上昇する関係が確認されました。年齢や体格、アルブミン値、認知機能などの影響を調整した分析では、0点の人と比べて1点の人は2.67〜3.84倍、2点の人は7.08〜9.82倍、3点または4点の人は44.55〜53.74倍、肺炎関連・嚥下障害関連の死亡リスクが高いという結果になりました。この点数のつけ方は男女で別々の早見表としてもまとめられています。
この研究の位置づけと注意点
著者らは、性差についても触れています。せきをする力(誤って気管に入った物を吐き出す反射)のしきい値は女性の方が低く、誤嚥した際に排出しやすいと考えられること、また術後の誤嚥性肺炎の発生率も男性で高いとする過去の報告があることを挙げ、これが男性を危険因子とした一因ではないかと考察しています。
一方で著者ら自身がいくつかの限界を挙げています。まず単一施設での研究であり、他の医療機関でも同じスコアが使えるかは今回の研究だけでは確認できていません。また、嚥下障害の診断は専門家チームによる評価を基本としており、内視鏡検査(嚥下内視鏡検査)や嚥下造影検査といった標準的な精密検査は必要と判断された患者にのみ行われています。今回のスコアは脆弱性骨折や整形外科手術を受けた患者を対象に作られたものであり、脳卒中や認知症など他の病気にも応用できるかどうかは今後の課題としています。さらに、なぜ骨折や手術の後に嚥下障害が起こりやすくなるのか、そのメカニズム自体は今回の研究では調べられていません。加えて、このスコアは日本の食事形態(ご飯とおかずの分類)を基準に作られているため、米を主食としない国でそのまま使えるかどうかも検証されていない、と著者らは述べています。
このスコアはあくまで、特別な器具や専門知識がなくても使える簡易的なスクリーニングとして考案されたものであり、内視鏡検査などの精密な診断に置き換わるものではありません。研究チームは、スコアが1点以上になった患者には早期の介入を検討することを提案していますが、これは一つの研究で得られた結果であり、今後さらに他施設や他の集団での検証が必要な段階にあるといえます。
まとめ
脆弱性骨折や整形外科手術を受けた65歳以上の高齢者934人を対象にした今回の研究では、性別、カロリー摂取量、そしてご飯・おかずの食事形態という3つの身近な情報から、肺炎や嚥下障害に関連する死亡のリスクをおおまかに見積もれる可能性が示されました。特別な検査機器がなくても使える点は現場にとって意味がありますが、単一施設での結果であることや、日本の食事形態を前提にしていることなど、著者ら自身が挙げる限界も踏まえ、今後の追加検証が待たれる研究といえます。
著者:Koji Shibasaki(Department of Geriatric Medicine, Graduate School of Medicine The University of Tokyo Tokyo Japan)、Mari Suzuki(Department of Rehabilitation Asahi Neurology and Rehabilitation Hospital Chiba Japan)、Yuriko Tajima(Department of Rehabilitation Chiba Medical Centre Chiba Japan)、Akiko Ajima(Department of Rehabilitation Asahi Neurology and Rehabilitation Hospital Chiba Japan)、Miki Marubayashi(Department of Rehabilitation Asahi Neurology and Rehabilitation Hospital Chiba Japan)、Risa Iwama(Department of Rehabilitation Asahi Neurology and Rehabilitation Hospital Chiba Japan)、Minami Kogo(Sakura Terrace Dental Clinic Chiba Japan)、Tsukushi Murota(Department of Rehabilitation Asahi Neurology and Rehabilitation Hospital Chiba Japan)、Chisato Ura(Department of Rehabilitation Asahi Neurology and Rehabilitation Hospital Chiba Japan)、Toshiomi Asahi(Department of Rehabilitation Asahi Neurology and Rehabilitation Hospital Chiba Japan)、Sumito Ogawa(Department of Geriatric Medicine, Graduate School of Medicine The University of Tokyo Tokyo Japan)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Koji Shibasaki, Mari Suzuki, Yuriko Tajima, et al. Developing and Validating a Simple Scoring System for Dysphagia After Fragility Fracture or Orthopedic Surgery in Older Adults. 老年医学/老年医学・老年学 (2026). DOI: 10.1111/ggi.70741.