この研究は、インドネシア、イギリスの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Translational Psychiatry

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

「幼い頃の食生活が、大人になってからの心の健康に影響するかもしれない」——そんな仮説を検証したユニークな研究が報告されました。手がかりとなったのは、かつて英国で実施されていた「砂糖配給制」です。第二次世界大戦後のイギリスでは食料が配給制となっており、砂糖もその対象でした。生まれた時期によって、人生の初期にどれくらいの期間、砂糖摂取が制限されていたかが異なるという、いわば「自然に生まれた実験環境」が存在していたのです。この研究は、この歴史的背景を利用して、人生最初の1000日間(受胎から2歳頃までの発達初期にあたる期間)における砂糖摂取の制限が、成人期の不安症やうつ病のリスクと関連するかどうかを調べたものです。

研究でわかったこと

研究チームは、英国バイオバンクのデータを用いて、1951年10月1日から1956年3月31日の間に生まれた46,448人を対象としました。参加者は、砂糖配給を受けていた期間の長さに応じていくつかのグループに分けられています。例えば、生後270日まで配給を受けていたグループ(R270)、425日まで(R425)、635日まで(R635)、817日まで(R817)、そして最初の1000日間ずっと配給を受けていたグループ(R1000)です。比較対象として、砂糖配給が終了した直後に生まれ配給を経験していないグループ(NR0)や、すべての食料配給が終了した後に生まれたグループ(NR455)も設定されました。

参加者の甘い食べ物への嗜好は食品の好みに関するアンケートで、不安症やうつ病の診断は医療記録(ICD-10)と結びつけることで把握されました。その上で、統計的な生存時間分析(Weibull加速故障時間モデル)を用いて、年齢や生活習慣、健康状態などの要因を考慮しながら、砂糖配給の期間と成人期の不安・うつ病リスクとの関連が調べられました。さらに、構造方程式モデリング(SEM)という手法を使って、砂糖配給がどのような経路で結果に影響しうるかも検討されています。

その結果、人生最初の1000日間ずっと砂糖配給を受けていたR1000グループは、配給を経験していないNR455グループと比べて、甘い物への嗜好スコアがやや低い(平均5.82 対 6.04、p=0.0042)ことが示されました。また、成人期の不安症のリスクについても、R1000グループでは有意に低いことが報告されています(ハザード比0.67、95%信頼区間0.53〜0.84)。うつ病についても同様にリスクの低下が見られました(ハザード比0.71、95%信頼区間0.57〜0.87)。

ただし、これらの関連の頑健性には違いがありました。不安症については、その後の人生における砂糖摂取量を調整するなど、さまざまな感度分析を行っても、リスク低下の関連は比較的安定して見られたとされています。一方でうつ病に関しては、こうした追加の調整を行うと関連が弱まり、統計的に有意ではなくなったと報告されています。構造方程式モデリングの結果も同様の傾向を示しており、砂糖配給の期間が不安症に直接影響を与える経路が確認された一方(γ=−0.144、p=0.012)、うつ病への直接的な経路は確認されなかったとのことです。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、人生最初の1000日間における砂糖摂取の制限が、成人期の不安症リスクの低下と関連していることを示唆するものであり、その関連は後年の食生活とは独立していたとされています。研究チームは、発達初期の環境が精神的な健康の形成に重要な役割を果たしている可能性、そして栄養的な要因が不安症に対するレジリエンス(抵抗力)に寄与しうる可能性を指摘しています。一方でうつ病への影響についてはより弱く、後年の生活要因によってある程度説明される部分があったとされています。

なお、この研究は歴史的な配給制度という特殊な状況を利用した観察研究であり、一つの研究として結論が確定したわけではありません。因果関係を直接証明するものではなく、あくまで関連が示されたという段階にとどまる点には留意が必要です。

まとめ

今回紹介した研究では、人生最初の1000日間における砂糖配給(摂取制限)の経験が、成人期の甘味嗜好の低さや、不安症リスクの低下と関連していることが報告されました。うつ病についても関連は見られたものの、感度分析においてはその効果が弱まり有意ではなくなったとされています。発達初期の食生活と、成人後の精神的健康との関係を考える上で興味深い知見ですが、特定の食品や栄養素が病気を予防・改善する手段であると断定するものではなく、今後さらなる研究による検証が期待される分野といえるでしょう。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):幼少期の食事性糖分摂取と成人期の精神疾患リスク:UKバイオバンクコホート研究(トランスレーショナル・サイキアトリー・2026年08月)

著者:Hana Fitria Navratilova(Department of Community Nutrition, Faculty of Medicine and Nutrition, IPB University, Bogor, 16680, Indonesia)、Anthony D. Whetton(School of Biosciences, Faculty of Health and Medical Sciences, University of Surrey, Guildford, GU2 7XH, UK)、Nophar Geifman(School of Health Sciences, Faculty of Health and Medical Sciences, University of Surrey, Guildford, GU2 7YH, UK)