日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:European Journal of Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
妊娠高血圧症候群(HDP)は、妊娠中に新たに高血圧が現れる一群の病態で、妊娠20週以降に収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上となった場合に診断されます。論文によれば、HDPは全妊娠のおよそ5〜10%に起こり、世界的に見ても母体と周産期の健康被害や死亡の主要な原因のひとつであり続けています。また、HDPを発症した女性はその後の人生で心血管・代謝系の病気になるリスクが高まることも報告されており、著者らは長期的な母体の健康を見すえた予防策が欠かせないと述べています。
魚介類に多く含まれるn-3多価不飽和脂肪酸(n-3 PUFA)は、炎症を抑えたり血管を広げたりする性質を持つとされ、HDPに対して保護的にはたらく可能性が指摘されてきました。ただし、これまでの観察研究の結果は一致しておらず、妊娠中の魚の摂取が多いほどHDPのリスクが低いと報告した大規模研究がある一方で、明確な関連を認めなかった研究もあります。さらに、従来の研究の多くは欧米の集団を対象に妊娠中の食事に焦点を当てたものでした。近年は妊娠前からの健康管理(プレコンセプションケア)への関心が高まっていますが、食習慣が大きく異なる日本において、妊娠前の脂肪酸摂取とHDPの関係を調べた疫学研究は限られていました。日本は伝統的に魚の消費が多い国ですが、若い世代の女性では摂取量の減少が報告されていることも、著者らが日本での検討を重視した理由として挙げられています。
そこで研究チームは、全国規模の出生コホート研究であるエコチル調査(子どもの健康と環境に関する全国調査、JECS)のデータを用いて、妊娠前および妊娠中の魚とn-3 PUFAの摂取がHDPのリスクとどう関連するかを明らかにすることを目的としました。
調べ方
エコチル調査は、環境要因が子どもの健康と発達に与える影響を調べるために設計された、現在も継続中の全国規模の前向き出生コホート研究です。2011年1月から2014年3月にかけて、日本全国15の地域センターで妊婦が登録されました。今回の解析では、単胎妊娠で出産に至った女性を対象とし、妊娠22週より前の流産・死産、妊娠前からの高血圧、糖尿病、心疾患、腎疾患、食物摂取頻度調査票(FFQ)のデータが不完全な例などを除外した結果、最終的に86,009人分の記録が解析に含まれました。妊娠中の食事に関する解析は85,581人が対象です。
魚および脂肪酸の摂取量は、参加者が自分で記入する食物摂取頻度調査票によって評価されました。この調査票は、妊娠初期の調査時点では「その前1年間」の食事を、さらに妊娠中期から後期の時点での食事を尋ねるもので、それぞれの食品をどのくらいの頻度で、どの程度の量食べたかを回答してもらい、1日あたりの摂取量(g/日)を推計します。n-3およびn-6 PUFAの摂取量は日本の脂肪酸組成表を用いて算出されました。なお、エコチル調査のデータには個々の脂肪酸(EPAやDHAなど)の内訳の情報は含まれていないため、n-3 PUFAは合計値として扱われています。摂取量は総エネルギー摂取量の影響を調整したうえで、参加者を5つのグループ(五分位、最も少ないQ1から最も多いQ5まで)に分けて比較されました。
HDPの情報は、医師や助産師・看護師、研究コーディネーターが診療記録から転記する形で収集されました。研究チームは、発症した妊娠週数によってHDPを分類し、妊娠32週より前に発症したものを早発型(Eo-HDP)、32週以降に発症したものを遅発型(Lo-HDP)としています。解析にはロジスティック回帰分析が用いられ、母体年齢、妊娠前のBMI、学歴、世帯収入、婚姻状況、飲酒・喫煙、身体活動、就労状況、EPA・DHAサプリメントの使用、出産歴、生殖補助医療の利用、妊娠糖尿病の発症、過去のHDPの既往といった多くの要因のほか、魚以外の全体的な食事傾向を表す3つの食事パターンも調整されています。欠測データには多重代入法が用いられました。また、国際的に多く用いられる34週という基準で早発型を定義し直した感度分析も行われています。
主な報告結果
まず参加者の特徴として、妊娠前の魚の摂取量は最も少ないQ1で平均8.6g/日、最も多いQ5で平均52.1g/日であり、対応するn-3 PUFAの摂取量はそれぞれ平均1.1g/日と4.7g/日でした。魚の摂取が多いグループの女性は、少ないグループと比べてやや年齢が高く、経産婦が多く、学歴や世帯収入が高い傾向があり、現在飲酒している人が少なく、非喫煙者が多いという特徴がありました。また、コホート全体では、妊娠中の魚の摂取量は妊娠前の水準より低くなっていました。
妊娠前の魚の摂取については、参加者全体で、最も摂取量が多いQ5のグループで早発型HDPの調整オッズ比が有意に低いという結果が報告されています(0.66[95%信頼区間 0.44–0.97])。摂取量が多いほどリスクが低いという直線的な傾向も統計的に有意でした。初産婦に限った解析では、Q4とQ5の両グループで早発型HDPのオッズ比が有意に低く(それぞれ0.57[0.34–0.97]、0.58[0.35–0.97])、同様に有意な直線的傾向が認められました。一方、経産婦ではこうした有意なリスク低下も傾向も観察されませんでした。
妊娠中の魚の摂取については、参加者全体でQ4のグループにおいてHDP全体のオッズ比が有意に低く(0.86[0.74–0.99])、初産婦ではQ3、Q4、Q5でHDP全体のオッズ比が有意に低く、有意な直線的傾向も示されました。さらに初産婦では、Q3とQ4で遅発型HDPのオッズ比が有意に低いという結果(いずれも0.79)が報告されています。ここでも経産婦では有意な関連は認められませんでした。
脂肪酸そのものの摂取量に着目した解析では、妊娠前のn-3 PUFA摂取が最も多いQ5のグループで、参加者全体の早発型HDPのオッズ比が有意に低い(0.63[0.41–0.99])という結果が得られました。一方、妊娠中のPUFA摂取については有意な関連や直線的傾向は認められていません。なお、早発型の基準を34週に変更した感度分析でも、妊娠前の魚の摂取と早発型HDPのリスク低下、妊娠中の魚の摂取と遅発型HDPのリスク低下という同じ方向の傾向が確認されたと報告されています。
著者らは本研究の限界も挙げています。調査票では海水魚以外の魚種を詳しく区別できなかったこと、n-3 PUFAをEPAやDHAといった成分別ではなく合計値としてしか評価できなかったこと、妊娠高血圧腎症など個別の病型を区別できなかったこと、早発型の定義に国際的に一般的な34週ではなく32週を用いたこと、非直線的な関連や最適な摂取量を評価する解析を行っていないこと、そして多数の比較を行っているため一部の差は偶然による可能性があることなどです。
この研究が示す意味
研究チームは、86,009人という大規模なデータを用いて、妊娠前と妊娠中の魚の摂取がHDPのリスク低下と関連していたと結論づけています。特徴的なのは、時期によって関連する病型が異なっていた点です。妊娠前の魚の摂取は早発型HDPのリスク低下と、妊娠中の魚の摂取は遅発型HDPのリスク低下と結びついており、著者らはこれを、早発型と遅発型で背景にある仕組みが異なることや、食事の影響を受ける時期の違いを反映している可能性があると考察しています。また、有意な関連の多くが初産婦で観察されたことについては、HDPが初産婦に最も多く起こること、経産婦のグループにはHDPの既往によって元々のリスクが大きく異なる人が混在していたことが影響した可能性を指摘しています。
なお、これは観察研究であり、魚を食べることがHDPを防ぐと因果関係を証明したものではありません。そのうえで著者らは、妊娠前から妊娠期を通じて一定の魚の摂取を保つことがHDPの予防にとって重要であり、この知見はプレコンセプションケアを含む栄養に関する指針づくりの根拠になりうると述べています。伝統的に魚の消費が多い一方で近年その減少傾向が指摘される日本において、食事に関する助言を考えるうえでの現実的な手がかりを与える研究といえます。
著者:Takuya Inouye(Department of Obstetrics and Gynecology, Gunma University Graduate School of Medicine, Gunma, Japan)、Daisuke Higeta(Department of Obstetrics and Gynecology, Gunma University Graduate School of Medicine, Gunma, Japan)、Kei Hamazaki(Department of Public Health Faculty of Medicine, Gunma University Graduate School of Medicine, Showa 3 Maebashi, Gunma, Japan. [email protected])、Akira Iwase(Department of Obstetrics and Gynecology, Gunma University Graduate School of Medicine, Gunma, Japan)、Akiko Tsuchida(Department of Public Health, Faculty of Medicine, University of Toyama, Toyama, Japan)、Hidekuni Inadera(Department of Public Health, Faculty of Medicine, University of Toyama, Toyama, Japan)、Eiji Yoshioka(Department of Public Health, Faculty of Medicine, University of Toyama, Toyama, Japan)、The Japan Environment and Children’s Study Group
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Takuya Inouye, Daisuke Higeta, Kei Hamazaki, et al. Association of the maternal fish and PUFA intake with the risk of hypertensive disorders of pregnancy: a nationwide birth cohort—The Japan Environment and Children’s Study (JECS). European Journal of Nutrition 2026-09-08. DOI: 10.1007/s00394-026-04103-7. 原著ライセンス:CC BY.