近年、料理の分野でも3Dプリンターを使って食品を成形する「3Dフードプリンティング」という技術が注目されています。ケーキのデコレーションや、飲み込みにくさを抱える方向けの介護食など、これまでにない形の食品を作れる可能性を持つ技術です。ただし、この技術には大きな壁があります。プリンターのノズルから押し出してもきれいに形を保ち、なおかつ層を重ねても崩れない「インク」となる食品素材が必要なのです。今回紹介する研究では、植物由来のタンパク質を材料に、この課題に取り組んだ成果が報告されています。
研究チームが着目したのは緑豆のタンパク質です。研究グループはまず、緑豆タンパク質分離物(MPI)をそのまま使ったエマルション(油と水が混ざり合った状態のもの)を試したところ、うまく固まる性質(ゲル化特性)が不十分で、3Dプリンティングに求められる印刷適性を満たせなかったとされています。
タンパク質を「ナノフィブリル」に加工する
そこで研究チームは、緑豆タンパク質を酸性・加熱条件下で処理する「酸熱処理」という方法(pH2.0、90℃で11時間)を用いて、タンパク質分子を細長い繊維状の構造に変化させました。これは「タンパク質ナノフィブリル(MPNFs)」と呼ばれるもので、電子顕微鏡(TEM)による観察により、実際に「ミミズのような」細長い形状の構造体が形成されていたことが確認されたと報告されています。タンパク質は、こうしてナノサイズの繊維状に加工することで、もとの状態よりも優れた機能性を持つようになることが知られているそうです。
次に研究チームは、このMPNFsを使って安定化させたエマルションに、カルシウムイオン(Ca2+)を100mMの濃度で加えて加熱したところ、自立可能な「エマルションゲル」(液体を抱え込んだまま固形状になったゲル)が形成されたことが確認されています。さらに条件を最適化したゲルでは、内部の構造が均一であること、そして93.29%という高い保水力(水分を保持する力)を持つことが示されました。
プリンティング適性に関わるレオロジー特性(流動・変形に関する性質)についても評価されており、このゲルは弾性的な性質を示す指標(貯蔵弾性率G′)が約850Paであったこと、また力を加えると粘度が下がる「せん断減粘性」という、ノズルから押し出しやすく押し出した後は形を保ちやすいという、印刷に適した性質を備えていたことが報告されています。実際にこのエマルションゲルを使って3Dプリンティングを行ったところ、形が崩れることなく、精細な造形に成功したとされています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、緑豆という植物由来のタンパク質を材料に、ナノフィブリル化とカルシウムによるゲル化という組み合わせによって、3Dフードプリンティング用の新しい素材設計の一つの方向性を示したものと言えます。ただし、これは特定の実験条件下で得られた結果であり、一つの研究として報告された知見です。食品としての味や安全性、実際の製品化に向けた検証など、要旨からは読み取れない点も多く、今後の研究の展開を待つ必要があります。健康効果や栄養的な優劣について述べたものではない点にも留意してください。
まとめ
この研究では、緑豆タンパク質を酸熱処理によってナノフィブリル化し、カルシウムイオンで誘導したエマルションゲルを作製することで、高い保水力とせん断減粘性を備え、崩れずに高精細な3Dプリンティングが可能な素材が得られたことが報告されました。植物性タンパク質を使った次世代の食品素材づくりに向けた、一つの技術的なアプローチとして興味深い成果と言えるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:3Dフードプリンティング向けに調整したレオロジー特性を持つカルシウム誘導緑豆タンパク質ナノフィブリルエマルションゲルの作製と特性評価(フード・ケミストリー・エックス・2026年07月)