この研究は、トルコの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Journal of the Science of Food and Agriculture

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

潰瘍性大腸炎は、大腸や直腸の粘膜に慢性的な炎症が起こり、症状の悪化と落ち着きを繰り返す炎症性腸疾患です。腹痛や血便などによって生活の質が大きく下がることが知られています。著者らは、現在の治療薬には副作用や効果が十分に出ない場合があるという課題があるため、腸内細菌に着目した補助的な方法が重視されるようになっていると説明しています。

そこで注目されるのがプロバイオティクス(生きた有用菌)ですが、論文は、免疫が低下した人などでは菌が血液に入り込む感染症のリスクが安全面の懸念として指摘されていると述べています。この点を踏まえ、著者らは「パラプロバイオティクス」、すなわち加熱などで死滅させた菌体に着目しました。生きていないため菌が体内に広がる心配がなく、保存性や品質の均一さの面でも利点があるとされています。

本研究の目的は、食品や健康補助食品で広く使われている乳酸菌 Lactobacillus acidophilus LA-5 を加熱処理して死滅させた標品が、実験的に起こした潰瘍性大腸炎に対して、抗酸化作用・抗炎症作用と、細胞死の制御という三つの面でどのような働きを示すかを動物で調べ、生きた菌と比較することでした。著者らは、この菌株のパラプロバイオティクスについての検討がまだ行われておらず、とくにパラプロバイオティクスが後述の細胞死経路に与える影響を評価した研究は知る限り存在しない、と研究の位置づけを述べています。

何をどのように調べたか

著者らはまず、LA-5 株を培養したうえで 65 度・30 分の加熱処理を行い、菌が本当に死滅しているかを確かめました。生きた細胞と、膜が壊れた細胞を染め分ける方法で調べた結果、死んだ細胞の割合は 95% を超え、培地に植えても菌のコロニーは生えなかったと報告されています。つまり動物実験に用いたのは、生きていない菌体であることが確認されました。

実験には 6〜8 週齢の雌の Balb/c マウス 40 匹を用い、10 匹ずつ四つの群に分けています。健常な対照群、4% 酢酸を直腸から投与して大腸炎を起こした群、大腸炎に加えて生きた LA-5 を与えた群、大腸炎に加えて加熱死滅させた LA-5 を与えた群です。投与は大腸炎を起こした翌日から 7 日間、経口で行われました。

評価の対象は幅広く、体重減少・便の状態・血便から算出する病勢の指標(疾患活動指数)、大腸の長さや脾臓の重さ、顕微鏡で見た組織の傷み具合、大腸組織における酸化ストレスと抗酸化の指標、血清中の炎症に関わる物質、そして細胞死に関わるタンパク質と、盲腸の内容物に含まれる短鎖脂肪酸が調べられています。ここでいう短鎖脂肪酸とは、腸内細菌が食物繊維などを分解してつくる酢酸・酪酸・プロピオン酸などの物質で、大腸の細胞のエネルギー源になると説明されています。

細胞死については「PANoptosis(パンオプトーシス)」という考え方が中心に据えられています。これは 2019 年に定義された概念で、これまで別々にとらえられてきたパイロトーシス、アポトーシス、ネクロトーシスという三種類のプログラムされた細胞死の特徴を併せ持つ炎症性の細胞死を指します。論文は、これら三つが同時に働くため、一つの細胞死だけを狙った介入では不十分になりやすいと述べ、なかでも上流のセンサーとして働く ZBP1 というタンパク質が重要な役割を担うと紹介しています。

報告された主な結果

酢酸を投与した群では、病勢の指標が上昇し、体重は元の約 83% まで減少しました。大腸炎の重さを示す指標である大腸の短縮もはっきり認められ、対照群の 10.5 cm に対して 6.2 cm でした。脾臓の腫れ、組織の傷み、酸化ストレス、全身の炎症物質の増加もそろって観察され、モデルとして成立していることが示されています。

生きた菌と死滅菌のどちらの投与でも、これらの変化は抑えられました。そのうえで著者らは、いくつかの項目で死滅菌のほうが優れていたと報告しています。大腸の長さは死滅菌群で 8.5 cm と保たれ、生きた菌の群(6.8 cm)より統計的に良好でした。脾臓の重さも死滅菌では対照群の水準まで戻った一方、生きた菌では有意な改善が見られなかったとされています。

組織の傷みを点数化した評価では、酢酸群の 7.3 に対し死滅菌群 3.8、生きた菌群 4.3 と、どちらの処置でも有意に低下し、両者の間に差はありませんでした。好中球の浸潤の指標である MPO の活性は酢酸群で約 10 倍に上がり、両処置ともこれを大きく抑えています。抗酸化に関わる SOD・カタラーゼ・グルタチオンは酢酸群で大きく減り、脂質が酸化された際に生じる MDA は約 3 倍に増えましたが、両処置ともこれらを改善し、この点では死滅菌と生きた菌に統計的な差はありませんでした。

血清では、炎症を促す TNF-α、IL-6、IL-1β と CRP が酢酸群で上昇し、炎症を抑える側の IL-10 は低下しました。両処置ともこの偏りを是正しましたが、IL-6 と IL-10 については死滅菌のほうが生きた菌より有意に効果的だったと報告されています。

細胞死に関わるタンパク質では、パイロトーシス、アポトーシス、ネクロトーシスそれぞれの指標が酢酸群で同時に増えており、PANoptosis が働いていることが示されました。NLRP3、切断された GSDMD や IL-1β、リン酸化された RIPK3 と MLKL、切断されたカスパーゼ 3 と GSDME、そして ZBP1 のいずれも、両方の処置によって抑えられています。多くの指標では死滅菌と生きた菌に差がありませんでしたが、ZBP1 については死滅菌のほうが有意に強く抑えました。著者らは、この結果は死滅菌が上流のセンサーである ZBP1 を標的として、経路の比較的手前の段階で抑えている可能性を示唆すると述べています。

盲腸の短鎖脂肪酸は大腸炎で軒並み減っていましたが、両処置とも酢酸・プロピオン酸・酪酸・吉草酸を増やしました。とくに死滅菌では酪酸(322 ppm)と吉草酸(41 ppm)が生きた菌より有意に高く、酪酸は健常な対照群の値をも上回ったと報告されています。この結果は、生きていない菌体でも腸内細菌の代謝を良い方向に変えうることを示唆する、と著者らは述べています。

この研究が示すこと

著者らは結論として、L. acidophilus LA-5 由来のパラプロバイオティクスが、生きたプロバイオティクスと少なくとも同等の保護作用を示したとまとめています。臨床的な症状、組織の所見、生化学・免疫の指標、細胞死に関わる分子、腸内代謝産物という複数の層で、一貫した保護のかたちが観察された点が特徴です。

この動物実験の報告が示すのは、菌が生きていることが効果の必須条件とは限らない、という視点です。生きた菌がもつ感染のリスクを避けながら同程度の働きが得られるのであれば、安全性が特に重視される場面での選択肢を考えるうえで意味を持ちます。著者らは、パラプロバイオティクスの有効性は単一の菌株に限った偶然ではなく、死滅した乳酸菌に共通する性質である可能性があると述べており、本研究は潰瘍性大腸炎における安全な治療候補と、PANoptosis という新しい細胞死の標的の両面に手がかりを与えるものと位置づけられています。

著者:Adem Yavaş(Food Quality Control and Analysis, Food Processing Department, Çine Vocational School Aydın Adnan Menderes University Aydın Turkey)、Ezgi Özkıran(Department of Pathology, Faculty of Medicine Aydın Adnan Menderes University Aydın Turkey)、Ecem Akan(Department of Dairy Technology, Faculty of Agriculture Aydın Adnan Menderes University Aydın Turkey)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Adem Yavaş, Ezgi Özkıran, Ecem Akan. Effects of paraprobiotic Lactobacillus acidophilus LA ‐5 on PANoptosis , oxidative stress and inflammation in acetic acid‐induced ulcerative colitis. Journal of the Science of Food and Agriculture 2026-09-04. DOI: 10.1002/jsfa.71037. 原著ライセンス:CC BY.