この研究は、タイの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Applied Food Research

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜこの細菌を調べたのか

東南アジアでは、魚を塩や米などとともに自然に発酵させた食品が古くから食べられています。こうした食品は、その土地にもともといる多様な微生物のはたらきで作られます。なかでも乳酸菌は、酸を作って食品を保存しやすくしたり、風味を生み出したりする役割を担っています。

ただし、発酵食品には乳酸菌以外の細菌も入り込みます。研究チームが注目したのは「エンテロコッカス属(Enterococcus)」と呼ばれる細菌のグループです。この仲間は塩分や酸に強く、食品加工の過程を生き延びる力を持つため発酵食品によく見つかりますが、一部の種は医療の現場で日和見感染(体力が落ちた人などに感染症を起こすこと)の原因になったり、抗菌薬が効きにくくなる性質を持つことが知られています。研究チームは、こうした二面性があるからこそ、食品から分離された菌は種類だけでなく「菌株ごと」に安全性を確かめる必要があると指摘しています。

今回の対象である Enterococcus bulliens は、学術的に正式に認められた種ではあるものの報告例が非常に少ない菌です。もともとはヒトコブラクダの生乳から見つかった菌で、公開されているゲノム情報もごくわずかしかなく、発酵魚食品からの報告はこれまでありませんでした。そこで研究チームは、タイの発酵魚食品から分離した菌株「CFF05」について、ゲノムの全体像と安全性に関わる性質を詳しく調べました。著者らによれば、これは発酵魚食品由来の E. bulliens としては初めての報告にあたります。

どのように調べたか

研究チームは、タイ・ソンクラー県ハートヤイの市場で、伝統的な作り方をしている地元の生産者から、加熱調理したひき身状の発酵魚を入手しました。試料は冷蔵で研究室に運び、24時間以内に処理しています。試料をすりつぶして薄めたものを、乳酸菌を選び出すための培地に広げ、酸を作ったことを示す変化が見られたコロニー(菌の集まり)を取り出しました。論文では、この分離手順はエンテロコッカス属を狙ったものではなく乳酸菌全般を対象としたもので、菌の種類はゲノム情報にもとづく解析で判定したと説明されています。

安全性の評価では、二種類のアプローチが組み合わされました。ひとつは実際の菌のふるまいを見る試験です。抗菌薬をしみこませた円盤を菌の生えた培地に置き、その周りに菌が生えない領域(阻止円)がどれだけできるかを測って、薬が効くかどうかを判定しました。あわせて、血液を加えた培地で赤血球を壊す性質(溶血)の有無も観察しています。

もうひとつは、菌のゲノム(遺伝情報の全体)を読み取る解析です。研究チームは長い塩基配列をまとめて読める手法を用いてゲノムを解読し、遺伝子の働きを分類したうえで、抗菌薬耐性に関わる遺伝子、病原性に関わるとされる遺伝子、そして「可動性遺伝因子」(細菌の間で遺伝子を移動させたり、ゲノム内で位置を変えたりする仕組み。プラスミドやトランスポゾンなどが含まれます)を探索しました。さらに、公開されている唯一の E. bulliens のゲノム、サウジアラビアのラクダ生乳から分離された株SS1972と照らし合わせて比較しています。なお著者らは、比較できるゲノムが2つしかないため、この比較はあくまで予備的な観察として解釈すべきだと明記しています。

報告された主な結果

ゲノム解析では、CFF05のゲノムが1本のつながった環状の染色体として、全長2,239,916塩基対(約2.24メガ塩基対)で読み取られました。GC含量は38.4%、タンパク質をつくる遺伝子(コード配列)は2,581個と予測されています。ゲノム全体の塩基配列の一致度を示す指標では、参照株SS1972に対して99.4%という高い値が得られ、種の判定が裏づけられました。この値は、種を区別する目安としてよく使われる95%を大きく上回っています。一方、近縁の別種との一致度はおおむね78〜82%にとどまり、種としてはっきり分かれていることが示されました。

抗菌薬の試験では、CFF05はクロラムフェニコールとエリスロマイシンに耐性を示しました。クロラムフェニコールでは阻止円がまったくできず、エリスロマイシンでも阻止円が小さかったと報告されています。一方、アンピシリン、テトラサイクリン、バンコマイシンには感受性(薬が効く)でした。また、高濃度のゲンタマイシンとストレプトマイシンの円盤では大きな阻止円ができ、臨床上重要なエンテロコッカスでしばしば問題になる「高度アミノグリコシド耐性」は認められませんでした。論文では、CFF05は病院に適応した菌株に典型的な広範な多剤耐性のパターンは示さなかったとしつつ、クロラムフェニコールとエリスロマイシンへの耐性は食品の安全性という観点では注意すべき点だと述べられています。

ゲノム上には、バンコマイシン耐性に関係する遺伝子群の一部にあたるvanWとvanYが見つかりました。ただし耐性を成立させるための遺伝子のまとまり(オペロン)は完全な形では見つからず、実際の試験でもバンコマイシンは効いていました。著者らは、これらの遺伝子だけでは耐性を示すには足りないと説明しています。このほか、食品加工現場で使われる第四級アンモニウム化合物系の消毒剤に対する感受性の低下に関わるqacJ遺伝子も検出されました。これは臨床での抗菌薬耐性ではなく、洗浄・消毒の圧力のもとで菌が生き残りやすくなることにつながりうる点が注目されています。なお、両株で見つかった耐性関連遺伝子はいずれも参照配列との一致度が80%未満で、機能が不完全な、あるいは配列が離れた類似遺伝子である可能性が示唆されました。

血液培地の試験では、CFF05は赤血球を完全に壊す「ベータ溶血」を示しました。ゲノム解析では、ヘモリジンA(tlyA)と呼ばれる遺伝子が見つかっており、著者らはこれが観察された溶血の説明として無理のない遺伝的な裏づけになると述べています。この遺伝子は、エンテロコッカスで古くから知られる代表的な毒素の遺伝子群とは別のもので、主要な病原因子としては通常扱われないとされています。ただし溶血する性質は、食品用や生菌製剤用の菌株を選ぶ際に除外の基準として使われることが多いため、安全性の検討では重要な点だと指摘されています。

病原性を予測する解析ツールの一つは、CFF05を「ヒトの病原体である可能性がある」と分類しました(確率スコア0.852)。しかし研究チームがその根拠となった配列を確認すると、いずれもグルタチオン還元酵素やリボソームタンパク質といった、生命活動の基本を担うありふれた遺伝子でした。著者らは、この予測は病原性の原因となる遺伝子ではなく、近縁のグループで共通して保存されている基本的な遺伝子に引っぱられた結果だと説明し、代表的なエンテロコッカスの病原遺伝子が見つからないこと、危険度の高い耐性遺伝子のまとまりが完全な形で存在しないこと、実際の試験結果とあわせて考えれば、CFF05を臨床的な病原株とみなす遺伝的根拠はないと述べています。

可動性遺伝因子については、両株でよく似た構成が見られました。最も多かったのは複製・組換え・修復に関わる遺伝子群(CFF05で57領域、SS1972で55領域)で、これらはゲノムの維持に関わるもので、遺伝子を他の菌へ広げる働きをするものではないと説明されています。トランスポゾンやインテグラーゼなど、ゲノム内で位置を変える仕組みに関わる遺伝子や、プロファージ(ゲノムに組み込まれたウイルス由来の領域)の名残と考えられる遺伝子も見つかりましたが、SS1972のほうが数は多くなっていました。重要な点として、両株ともプラスミドは検出されず、見つかった可動性遺伝因子のいずれも、危険度の高い抗菌薬耐性遺伝子や代表的な病原遺伝子と直接結びついてはいませんでした。

遺伝子の有無を比べた解析では、CFF05はSS1972と同じまとまりに位置づけられ、両株の近い関係が支持されました。機能ごとの遺伝子数の比較では、CFF05はアミノ酸とその誘導体、タンパク質の代謝、核酸の構成成分、補酵素・ビタミン類などに関わる遺伝子がやや多く、要旨ではアミノ酸・糖質・リボフラビン(ビタミンB2)の合成経路の充実として、発酵魚という環境への適応と整合する菌株ごとの特徴だと述べられています。病原性・防御に分類される遺伝子は、どちらのゲノムでも限られていました。

この報告が示すこと

この研究は、報告例のほとんどなかった E. bulliens について、食品由来としては初めてとなる完全なゲノム情報を示しました。著者らのまとめによれば、CFF05は保存された基本的なゲノム構造を持ち、安全性に関わる特徴は限定的です。その一方で、ベータ溶血を示すこと、一部の抗菌薬に耐性があること、可動性遺伝因子を持つことは見過ごせない点であり、伝統的な発酵食品に含まれるエンテロコッカスを評価するときには、種の名前だけで判断せず菌株ごとにゲノムと実際の性質の両面から確かめることが大切だと指摘されています。

もうひとつ印象的なのは、予測ツールの結果をそのまま受け取らずに中身を確かめた過程です。「病原体の可能性あり」という自動判定の根拠が、実際には病原性とは関係のない基本的な遺伝子だったという検証は、計算による予測を、遺伝子の働きの読み解きと実際の試験の結果と組み合わせて解釈する必要があることを具体的に示しています。研究チームは、今回得られたデータが、菌株単位で食品の安全性を評価するための基礎的な情報になると位置づけています。

著者:Nattarika Chaichana(Department of Biomedical Sciences and Biomedical Engineering, Faculty of Medicine, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla 90110, Thailand)、Chollachai Klaysubun(Department of Biomedical Sciences and Biomedical Engineering, Faculty of Medicine, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla 90110, Thailand)、Siriwimon Konglue(Department of Biomedical Sciences and Biomedical Engineering, Faculty of Medicine, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla 90110, Thailand)、Rusneeta Chema(Department of Biomedical Sciences and Biomedical Engineering, Faculty of Medicine, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla 90110, Thailand)、Jirasa Boonsan(Department of Biomedical Sciences and Biomedical Engineering, Faculty of Medicine, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla 90110, Thailand)、Kamonnut Singkhamanan(Department of Biomedical Sciences and Biomedical Engineering, Faculty of Medicine, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla 90110, Thailand)、Monwadee Wonglapsuwan(Division of Biological Science, Faculty of Science, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla, Thailand)、Rattanaruji Pomwised(Division of Biological Science, Faculty of Science, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla, Thailand)、Komwit Surachat(Department of Biomedical Sciences and Biomedical Engineering, Faculty of Medicine, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla 90110, Thailand)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Nattarika Chaichana, Chollachai Klaysubun, Siriwimon Konglue, et al. First report of food-associated Enterococcus bulliens CFF05 from Thai cooked fermented fish: Genomic insights and safety assessment. Applied Food Research 2026-09-02. DOI: 10.1016/j.afres.2026.102572. 原著ライセンス:CC BY.