アメリカのアパラチア地方に位置する農村コミュニティでは、食料不安(十分な食料を安定して入手できない状態)や食事の質の低さ、慢性疾患の割合が高いことが知られています。こうした課題に対し、地域住民自身が計画や実施に関わる「コミュニティ参加型研究(CBPR)」や、政策・仕組み・環境(PSE)に働きかけるアプローチが、栄養に関する状況を改善しうるかどうかが注目されています。今回紹介する研究は、ケンタッキー州のアパラチア地域で行われた「Laurel HARVEST(Helping Appalachia Restore a Vibrant Food Environment for Self-Sufficiency, Together)」というプログラムの効果を検証したものです。
研究チームには、ケンタッキー大学の栄養学・統計学の研究者に加え、ルイビル大学の疫学・人口健康学の研究者が名を連ねています。
研究の方法
この研究は前向きコホート研究として実施されました。ケンタッキー州Laurel郡を介入地域、Pike郡を比較地域とし、18歳以上の成人を対象に2022〜2023年にベースライン調査を行い、2025年まで追跡しました。ベースライン時点での参加者数はLaurel郡121人、Pike郡161人の合計282人で、このうち147人が追跡調査を完了しています。
Laurel郡で実施された介入内容は、コミュニティ参加型研究の考え方に基づいて設計されており、栄養教育、レシピカードの配布、高床式の菜園(ラズドベッドガーデン)の整備、そしてコミュニティ向けの少額助成金(ミニグラント)という複数の取り組みで構成されていました。
効果を測る指標としては、24時間思い出し法による食事調査から算出した「健康的食事指数(Healthy Eating Index, HEI)」、Veggie Meter®という機器で測定した皮膚のカロテノイド濃度、そして米国農務省(USDA)の10項目からなる世帯食料安全保障モジュールによる食料安全保障の評価が用いられました。
わかったこと
皮膚カロテノイド濃度については、Laurel郡(介入群)で37.3ポイントの上昇が見られ、Pike郡(比較群)の13.3ポイントの上昇と比べて統計的に有意に大きい変化であったと報告されています(p=0.032)。カロテノイドは果物や野菜に多く含まれる色素成分で、皮膚での濃度は果物・野菜の摂取状況の目安として用いられることがあります。
一方で、食事の質全体を示すHEIの合計スコアや、食料安全保障の状態については、Laurel郡とPike郡の間に統計的に有意な差は認められなかったとされています。
この研究の位置づけと注意点
著者らは、コミュニティ参加型かつ複数の仕組みを組み合わせた介入によって、果物や野菜の摂取に関しては緩やかな改善が見られた一方で、食事の質全体や食料安全保障を有意に改善するには至らなかったと結論づけています。そのうえで、農村アパラチア地域が抱える栄養や食料アクセスの課題に対応するには、より長期的で構造的・政策的なアプローチが必要になる可能性があると述べています。
本研究は特定の2郡を対象とした一つのコホート研究であり、ここで得られた結果がアパラチア地域全体や他の地域にそのまま当てはまるとは限りません。
まとめ
この研究では、ケンタッキー州の農村地域を対象に、栄養教育や菜園整備などを組み合わせたコミュニティ参加型プログラムを実施した結果、皮膚カロテノイド濃度の指標では野菜・果物摂取に関連する緩やかな変化が示唆された一方、食事の質全体や食料安全保障については明確な改善が確認されなかったことが報告されています。地域に根ざした栄養改善の取り組みの可能性と限界の両方を示す事例として、今後の研究の参考になると考えられます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:アパラチア農村地域における食事の質と食料安全保障を改善するコミュニティ参加型アプローチ:Laurel HARVEST研究の成果(ニュートリエンツ・2026年08月)