著者の所属・活動拠点の国は、コロンビア、スペインです。
掲載誌:Food Biophysics
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
コーヒーは焙煎の過程で香ばしい風味が生まれる一方、アクリルアミドという物質もできてしまいます。アクリルアミドは加熱によってアミノ酸の一種であるアスパラギンと糖が反応してできる物質で、国際がん研究機関(IARC)により「ヒトに対しておそらく発がん性がある」に分類されています。欧州連合はこの物質を減らすための目安値を設けており、焙煎コーヒーで1キログラムあたり400マイクログラム、インスタントコーヒーで850マイクログラムという基準が示されています。コーヒー飲料そのものからは1リットルあたり1.7〜79.3マイクログラムのアクリルアミドが検出されたとの報告もあるとのことです。今回コロンビアとスペインの研究者らのグループが発表したのは、コーヒーの風味を保ちながらアクリルアミドだけを選んで取り除けないかを探った基礎研究です。
研究チームが試したのは「分子インプリントポリマー」と呼ばれる技術です。これは、取り除きたい物質(この研究ではアクリルアミドの代わりに構造が似たプロパンアミドという物質を鋳型として使用)をあらかじめ材料の中に混ぜ込んで固め、あとから鋳型分子だけを洗い流すことで、その物質の形にぴったり合う「くぼみ」を無数に持つ素材を作る方法です。人工的に「抗体もどき」を作るイメージに近い技術と言えます。
研究でわかったこと
研究チームは、通常の材料に加えて「イオン液体」という室温付近で液体になる特殊な塩を使った4種類の材料でこの鋳型ポリマーを合成しました。具体的には[TMAEA][Cl]、[TMAEMA][I]、[H-DMAEMA][Ace]、[H-DMAEMA][Acr]という4種のイオン液体由来モノマーが使われています。このうち[TMAEMA][I]をもとにした材料は粒が細かすぎて実験用カートリッジを詰まらせてしまい、試験に使えなかったとのことです。
まず、アクリルアミドだけを溶かした水溶液を使い、ポリマーを詰めたカートリッジに通す実験が行われました。その結果、[H-DMAEMA][Ace]という材料をもとにした鋳型ポリマーが最も高い性能を示し、最大で83%のアクリルアミド除去がみられ、鋳型を作らなかった対照材料と比べた「動的インプリント係数」は1.72という値でした(この数値が1より大きいほど、鋳型構造による効果が働いていることを示します)。吸着・脱離の挙動はボルツマンモデルという数式によく当てはまったとされています。興味深いことに、この材料は表面積(BET比表面積で1グラムあたり2.0平方メートル)が4種類の中で最も小さかったにもかかわらず、最も高い吸着性能を示しました。これは、単純な表面積の大きさではなく、鋳型によって作られた「くぼみ」の特異性が効いていることを示唆していると著者らは述べています。また、[H-DMAEMA][Ace]はDMAEMAと食品添加物としても使われる酢酸から作られており、比較的生体への影響が少ない可能性があるとも言及されています。
次に、この最も性能が良かった材料を実際のコーヒー飲料(63.8マイクログラム/リットルのアクリルアミドを含む)に適用したところ、様子が変わりました。75ミリリットルの飲料を通した後もアクリルアミド濃度は56〜71.2マイクログラム/リットルの範囲で推移し、明確な減少は見られなかったとのことです。一方で、コーヒー飲料のpH、TDS(総溶解固形分)、色(明度L*や褐変の指標である420ナノメートルでの吸光度など)は、最初のわずかな変動を除けば、処理前とほぼ変わらず保たれていたと報告されています。色の変化を数値化した色差(ΔE)も2未満にとどまり、見た目にはっきりわかるほどの変化ではなかったとされています。
アクリルアミドが除去されなかった理由について、著者らはコーヒー飲料に含まれる他の成分との「競合」を挙げています。コーヒーにはメラノイジンやガラクトマンナン・アラビノガラクタンといった多糖類、クロロゲン酸などの有機酸、カフェインやトリゴネリンといった窒素化合物、さらに水道水由来のナトリウムやマグネシウム、カルシウムといったイオンまで、さまざまな物質が含まれています。アクリルアミドの分子量は71.08と非常に小さいのに対し、メラノイジンは分子量3000〜22000程度の高分子で、コーヒー飲料の乾燥重量の最大23%を占めるとされる報告もあり、量的にも圧倒的に優勢です。これらの物質がポリマー表面の吸着サイトを先に占有したり、表面を覆う層を作ったりすることで、アクリルアミドの吸着を妨げた可能性があると考察されています。また、メラノイジンはアクリルアミドと化学的に結合(マイケル付加反応)して安定した複合体を作ることも先行研究で示されており、そもそも吸着可能な「遊離の」アクリルアミドが減っていた可能性も指摘されています。加えて、今回の実験でポリマーを溶媒であるアセトニトリルではなく水(コーヒー飲料)中で使ったことで、鋳型が「記憶」していた結合環境と異なる条件になり、再結合の効率が下がった可能性も論じられています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、あくまでコーヒーからアクリルアミドを選択的に取り除く技術の可能性を探る初期段階の基礎研究であり、実際にコーヒーの安全性を高める方法として確立されたものではありません。純水中のアクリルアミド溶液では良好な吸着性能を示した材料も、実際のコーヒー飲料という複雑な混合物の中ではうまく機能しなかったという結果は、この技術の限界を率直に示すものです。著者ら自身も、ポリマーを固定した状態(カートリッジ充填)ではなく、飲料中でポリマーを分散・撹拌させる方法や、磁性を持たせた粒子で回収する方法など、今後の改良の方向性を提案するにとどめています。なお、この記事で紹介した情報の中に、日本の研究機関や日本の食品・食習慣に関する記述は含まれていません。
まとめ
コーヒーの焙煎過程で生じるアクリルアミドを、イオン液体をベースにした「分子の鋳型」素材で選択的に取り除けないか探ったこの研究では、純粋な水溶液中では有望な結果が得られた一方、実際のコーヒー飲料ではメラノイジンなど他の成分との競合により、アクリルアミド濃度に変化は見られませんでした。ただし、コーヒーのpHや色、溶解成分といった品質に関わる指標は保たれていたとのことです。一つの探索的な研究であり、今後さらなる改良と検証が必要な段階にあると言えます。
著者:Robinson Monsalve-Atencio(Food Biotechnology Research Group (BIOALI), Food Department, Faculty of Pharmaceutical and Food Sciences, University of Antioquia, Medellín, Colombia)、José Contreras‐Calderón(Food Biotechnology Research Group (BIOALI), Food Department, Faculty of Pharmaceutical and Food Sciences, University of Antioquia, Medellín, Colombia)、Francisco J. Morales(Institute of Food Science, Technology and Nutrition (ICTAN), Spanish National Research Council (CSIC), Madrid, Spain)、Marta Mesias(Institute of Food Science, Technology and Nutrition (ICTAN), Spanish National Research Council (CSIC), Madrid, Spain)、Luis F. Giraldo(Polymer Research Laboratory (LIPOL), Chemistry Institute, Faculty of Exact and Natural Sciences, University of Antioquia, Medellín, Colombia)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Robinson Monsalve-Atencio, José Contreras‐Calderón, Francisco J. Morales, et al. Exploratory Assessment of Ionic Liquid-Based Molecularly Imprinted Polymers for Potential Acrylamide Binding from Coffee Beverage. フード・バイオフィジックス (2026). DOI: 10.1007/s11483-026-10186-w. 原著ライセンス: cc-by.