掲載誌:Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research)

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

食を「最大の薬」とみなす伝統をどう捉え直すか

インドの伝統医学アーユルヴェーダでは、食事(アーハーラ)を睡眠や節度ある生活と並ぶ「生命を支える三つの柱」の一つとし、古典では食を「最大の薬」と呼んできました。この総説で著者らは、アーユルヴェーダの考え方に沿って食材を選び、加工し、組み合わせて食べる「アーユルヴェーダ料理」を取り上げ、その原則を現代の栄養学、治療への応用、そして生物資源を活用する経済(バイオエコノミー)の観点から整理しています。

著者らによれば、現代の栄養学が主に栄養素の組成に注目するのに対し、アーユルヴェーダ料理は一人ひとりの体質(プラクリティ)、消化の力(アグニ)、季節への適応、適切な調理・加工を重視し、個人に合わせた食事の考え方をとります。生活習慣病の増加や予防医療への関心の高まりを背景に、こうした伝統的な食の体系を現代の文脈で見直すことが、この総説のねらいです。

古典文献と現代の研究をあわせて読む

この研究は、実験や調査を行ったものではなく、既存の文献を読み解いてまとめる「叙述的総説」です。著者らは、チャラカ・サンヒター、スシュルタ・サンヒターなどのアーユルヴェーダの古典に加え、1508年にマンガラサ3世が著した料理専門書『スーパ・シャーストラ』を主な資料としました。あわせて、PubMed、Google Scholar、Scopusといった論文データベースから、機能性食品、栄養補助食品(ニュートラシューティカル)、バイオエコノミーなどに関する現代の文献を集め、統合的に検討しています。

伝統料理の位置づけと現代的な対応関係

著者らはまず、古典に記された調理済み料理の幅広さを紹介しています。論文によれば、チャラカ・サンヒターには64種、スシュルタ・サンヒターには73種、アシュターンガ・フリダヤには32種、バーヴァプラカーシャには84種の料理が記されています。そのうえで、炊いたご飯(オーダナ)、豆のスープ(スーパ)、米と豆を一緒に煮たキチュリ(クリシャラ)、肉の串焼き、ロティ、パパド、カディ、ミルク粥(キール)、香辛料入りのバターミルク(タクラ)など、一部の料理を選んで取り上げました。それぞれについて、古典に書かれた材料と作り方、アーユルヴェーダで伝えられてきた性質(消化を促す、滋養になる、消化に重いなど)と、材料から見た現代の栄養学的な特徴を並べて整理しています。

たとえば豆のスープは、アーユルヴェーダでは「消化に軽く、体に良い」とされ、材料から見るとたんぱく質や食物繊維を多く含むと整理されています。キチュリは滋養を与える一方で消化に重く、消化力の強い人に向くといった注意点も古典に記されていると紹介されています。なお、ここでの栄養面の特徴は、料理を分析して測ったものではなく、使われる材料に基づいて著者らがまとめたものです。

さらに著者らは、アーユルヴェーダの考え方と現代栄養学の概念との対応も示しています。浸す・炒る・発酵させる・発芽させるといった伝統的な加工は、現代でいう消化性や栄養の吸収されやすさの向上に、発酵させたバターミルクなどは腸内環境を意識した発酵食品に、体質や季節に合わせた食事は個別化栄養に、地元の旬の食材を重視する姿勢は持続可能な食に、それぞれ通じると論じています。

食の産業と地域経済への広がり

総説は、アーユルヴェーダ料理を経済の面からも捉えています。著者らが引用する資料では、インドのバイオエコノミーは2024年に1657億ドル規模とされ、2030年に3000億ドルに達する見通しが示されています。世界のアーユルヴェーダ市場も、2025年の204億ドルから2033年には858億ドルへ拡大すると見込まれています。

こうした需要を背景に、著者らは、ターメリック、ショウガ、アムラ(インドスグリ)、雑穀、豆類といった地域の資源を機能性食品や調理済みミックスなどに加工することで付加価値を高め、持続可能な農業や農村の暮らしを支えうると論じています。また、古典の料理を前菜、飲み物、スープ、主菜、デザートなどに分けて、現代の飲食店、病院食、ウェルネス施設のメニューへどう取り入れられるかという例も示しています。

この総説が示すもの

著者らは、古典に記された料理が、食べ物を栄養であると同時に治療の手段ともみなす、体系立った食の考え方を映し出していると結論づけています。取り上げた料理の多くが、材料から見て主要な栄養素や微量栄養素を含み、現代栄養学の観点からも意義をもつというのが論文の主張です。

一方で著者らは、こうした料理を根拠に基づいて活用するには、科学的な検証、栄養成分の分析、臨床での評価がまだ必要だとも述べています。この総説は、数百年にわたって受け継がれてきた料理の知識を、現代の栄養学や食の産業と照らし合わせて読むための見取り図を示したものといえます。

原著論文の著者・所属:*1Dr. Mahashweta Das, 2Prof. (Dr.) Khagen Basumatary

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):*1Dr. Mahashweta Das, 2Prof. (Dr.) Khagen Basumatary. A CRITICAL REVIEW ON AYURVEDIC CUISINE: BRIDGING ANCIENT CULINARY SCIENCE WITH MODERN NUTRITION, THERAPEUTICS AND BIOECONOMY. Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research) 2026-08-01. DOI: 10.5281/zenodo.21696412. 原著ライセンス:CC BY.