著者の所属・活動拠点の国は、コロンビアです。
掲載誌:Revista de Gastronomía y Cocina.
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
三つの地域の伝統料理を並べて見る
コロンビアの伝統料理への関心は高まっています。しかし著者らによると、これまでの研究の多くは個々の地域を別々に扱う事例研究で、異なる食のあり方を比較する試みは少なかったといいます。そのため、コロンビアの「食の遺産」に共通する要素と地域ごとの特徴、そしてそれが文化的なアイデンティティや地域の持続性にどう関わるのかが見えにくくなっていました。
研究チームが取り上げたのは三つの料理です。アンデス山地の農村地帯であるボヤカ県の農民料理、カリブ海沿岸の本土にあるコルドバ県の農民料理、そしてカリブ海に浮かぶサンアンドレス・プロビデンシア・サンタカタリナ諸島の「ライサル」と呼ばれる人々の料理です。問いは、これら三つの料理が、土地、アイデンティティ、知恵の受け渡しという関係を通じて、コロンビアの食の遺産づくりにどう貢献しているか、というものです。
この研究の土台にあるのは「ガストロノミー人類学」という見方です。食事を、栄養をとる行為や調理技術としてだけでなく、共同体の記憶やアイデンティティ、権力関係、土地とのつながりが表れる意味の体系として捉えます。三地域の料理は、アンデスの農業に根ざした料理、本土カリブの農村の料理、島しょとアフロカリブの視点をもつ料理という違いを持ちます。そのため国内の食の多様性を比較するのに適している、と著者らは説明しています。
既存の調査記録を読み比べる方法
研究チームは自ら現地調査を行ったわけではありません。分析対象としたのは、コロンビアの公的職業訓練機関SENAの国立ホテル・観光・食品センターとマリアノ・モレノ料理学校がまとめてきた、三地域の料理に関する調査出版物です。これらの資料には、参与観察や伝統の担い手の語り、地域での経験の記録などが含まれています。
資料の選定基準は三つです。地域の代表性があること、食の遺産の保護を目的とした研究成果として機関に認められていること、料理の実践や担い手、知恵の伝わり方について十分な情報があることです。そのうえで、食の遺産、文化的アイデンティティ、世代間の継承、土地との結びつき、女性の役割、持続可能性、地域の発展といった分類項目を設けた比較表を作りました。この表を使い、各資料にそれらの項目がどう現れ、互いにどう関係しているかを整理しています。さらに理論的枠組みと照らし合わせることで、解釈の偏りを抑えるよう努めたとしています。
共通点と地域ごとの違い
著者らの報告によると、三地域のいずれでも、料理は単独の家事としてではなく、複雑な食のシステムの一部として現れていました。そのシステムには、農業や漁業、先祖から受け継いだ知恵、共同体の組織、自然環境との象徴的なつながりが含まれます。
ボヤカでは、在来種のジャガイモ、トウモロコシ、豆類、穀物、乳製品といった食材や、薪のかまどを使う調理が、農作業の周期や土地を命の源とみなす考え方と結びついていました。著者らは、こうした料理が農民としてのアイデンティティを支え、食の画一化に対する文化的な抵抗にもなっていると読み取っています。
コルドバでは、料理はレシピ集だけでは理解できず、作る人たちの人生や日々の暮らしと切り離せないものとして描かれていました。料理は家計や環境への配慮、地域への帰属意識と結びつき、農民の知恵の尊厳を示す場とされています。
サンアンドレス諸島のライサル料理は、アフリカ系、アングロサクソン系、カリブ系、本土の人々の文化が混ざり合った歴史と、海や島の生態系との密接な関係を反映していると報告されています。海産物、イモ類、熱帯の果物、香辛料を、アフリカ、アングロサクソン、カリブの伝統から受け継いだ技法で組み合わせるのが特徴です。その一方で、観光や自然資源への圧力による緊張にもさらされているとされます。
地域差はあっても、三つの事例には共通点がありました。女性が食の遺産の主な担い手・伝え手として位置づけられていることです。料理の知恵は主に口伝え、一緒に手を動かすこと、日々の経験を通じて受け継がれています。社会や経済の変化に合わせて形を変えながらも、土地とのつながりは保たれているとされます。違いとしては、料理の革新、多文化の影響、観光との関わりの度合いが、ボヤカで低く、コルドバで中程度、サンアンドレスで高いと整理されています。
考察では、こうした知恵が直面している課題にも触れています。挙げられているのは、移住、若い世代の関心の低下、工業化された食のモデルからの圧力です。サンアンドレスについては、観光が経済的な機会をもたらす一方で、文化と環境の持続性にとってのリスクにもなっていると述べています。
生きた遺産としての伝統料理
著者らは、これらの伝統料理は固定されたレシピの集まりではないと結論づけています。口承や女性の担い手、地域の食材と環境に配慮した営みに支えられた「生きた文化遺産」であり、大規模な農産業モデルに対する選択肢にもなりうるという見方です。食の遺産化とは、レシピを保存することにとどまらず、共同体が変化に応じて料理を解釈し直しながら、自らのアイデンティティを保っていく動的な過程だとされます。
地域ごとの違いは共通の遺産を弱めるものではありません。むしろ多様性そのものがコロンビアの食の遺産の大きな特徴だというのが、この比較研究が示す要点です。
原著論文の著者・所属:Dustin Tahisin Gómez-Rodríguez(Universitaria Agustiniana)、Carlos David Martínez-Ramírez(SENA)、Ricardo Malagón-Berbero(SENA)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dustin Tahisin Gómez-Rodríguez, Carlos David Martínez-Ramírez, Ricardo Malagón-Berbero. Sabores, patrimonio alimentario y territorio. Un análisis comparativo desde la antropología gastronómica de las cocinas tradicionales de Boyacá, Córdoba y el Archipiélago de San Andrés, Providencia y Santa Catalina. Revista de Gastronomía y Cocina. 2026-10-01. DOI: 10.70221/rgc.v5i2.160. 原著ライセンス:CC BY.