きのこといえば食卓に並ぶ「かさ」と「柄」の部分を思い浮かべる人が多いはずです。しかし菌類の本体は、土壌や培地の中に張り巡らされる糸状の組織「菌糸体」にあります。この菌糸体は培養皿やタンクの中で管理された条件下で育てることができ、きのこ本体(子実体)を実らせるよりも短い期間で、成分を安定させたバイオマスとして得られる可能性があるため、近年、食品や生物工学分野での活用が注目されています。今回紹介する研究は、食用きのことして世界的に広く栽培されているPleurotus ostreatus(シメジ)の菌糸体を対象に、栄養成分、食感(テクスチャー)、たんぱく質やアミノ酸などの生化学組成、そして抗酸化に関わる成分の含有量を総合的に調べたものです。

どのように調べたのか

研究チームはブラジルの市場で購入したシメジの子実体から内部組織を無菌的に切り出し、寒天培地で純粋培養したうえで、小麦ふすまを主成分とする液体培地(ボーゲル最小培地を加えたもの)で振とう培養し、菌糸体バイオマスを得ました。得られた菌糸体は水に浸して抽出液を作り、凍結乾燥させたものを以降の分析に用いています。栄養成分(水分・たんぱく質・脂質・灰分・塩分)は近赤外分光法(NIR)を使うFoodScan™という装置で測定し、たんぱく質量はブラッドフォード法、遊離アミノ酸はニンヒドリン法、還元糖はDNS法、総炭水化物はアントロン法という、それぞれ発色反応を利用した分光光度法で定量しています。さらに菌糸体そのものの物理的な硬さや弾力は、食品のかみごたえを機械的に再現する「テクスチャープロファイル分析(TPA)」という手法で、寒天培地に付いたままの状態で評価されました。抗酸化力についてはABTS、DPPH、TEAC、ヒドロキシルラジカル消去といった複数の試験管内アッセイで確認し、含まれるフェノール化合物はフォーリン・チオカルト法で総量を求めたのち、高速液体クロマトグラフィー(HPLC-DAD)で個別の成分を特定しています。

研究でわかったこと

栄養成分をみると、菌糸体は水分含量が高く、たんぱく質は9.36±0.99%、脂質は0.85±0.37%、灰分は2.15±0.76%、塩分は0.79±0.60%という結果でした。研究チームは、この脂質の低さがヒラタケ属きのこ全般に共通する「低脂肪食品」としての特徴と一致すると述べています。一方でたんぱく質量は、乾燥した菌糸体や子実体で報告されている17~20%超という値よりも低く、これは今回のサンプルの水分含量が高かったことによる差だと説明されています。

食感を調べたテクスチャー分析では、硬さ(約3948g)とガム性(約81)が他の指標に比べて際立って高い一方、弾力性(バネ性)や凝集性、レジリエンス(変形からの回復力)はいずれも低い値にとどまりました。これは、菌糸体がキチンやβ-グルカンといった構造多糖に富む三次元の網目構造を持つために圧縮に対しては強い抵抗を示す一方で、いったん壊れ始めると内部構造がもろく、元の形に戻りにくいという性質を反映していると論文では解説されています。

水抽出物の生化学分析では、たんぱく質が1099.27±128.12、遊離アミノ酸が804.77±138.36(いずれも基準物質換算の濃度単位)検出されたほか、還元糖37.05±7.14、総炭水化物26.85±0.57(いずれもグルコース換算)も確認され、窒素化合物と糖質の両方を含む複雑な組成を持つことが示されました。なお2gの菌糸体から得られた乾燥抽出物は136.0mgで、抽出収率は6.8%でした。この数値について著者らは、菌糸体の細胞壁に含まれるキチンやβ-グルカンが水に溶けにくいため、子実体からの抽出に比べて収率が低くなる傾向があると説明しています。

抗酸化活性に関しては、総フェノール含量が高く、HPLC分析によって没食子酸(ガリック酸)が最も多く含まれるフェノール化合物として同定され、次いでフェルラ酸が検出されました。ABTS、DPPH、ヒドロキシルラジカル消去の各試験でも効率的なラジカル捕捉能が確認されており、研究チームはこれらの結果から、シメジの菌糸体が抗酸化に関わる生理活性化合物の持続可能な供給源となりうると考察しています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究は、きのこの中でも子実体(かさの部分)を対象とした研究が中心だったこれまでの流れに対し、培養で得られる菌糸体そのものに焦点を当てた点に特徴があります。ただし、これは一つの研究による分析結果であり、健康への効果を直接示したものではありません。論文中でも、β-グルカンなどの多糖類は個別には定量されておらず、抗酸化性への具体的な寄与度は今回の実験設計からは切り分けられないと著者ら自身が限界として述べています。また、培養条件や培地、抽出方法によって菌糸体の成分は変動しうることも指摘されており、今回得られた数値がシメジの菌糸体全般に当てはまるとは限りません。食品や機能性素材としての応用可能性を示す基礎データという位置づけで捉えるのが妥当です。

まとめ

この研究では、シメジ(Pleurotus ostreatus)の菌糸体を培養条件下で作製し、その栄養組成、食感特性、たんぱく質・アミノ酸・糖質の含有量、そして没食子酸やフェルラ酸を含むフェノール化合物による抗酸化活性を明らかにしました。菌糸体は硬く圧縮に強い一方で回復力に乏しいという独特の物理的性質を持ち、水分が多く低脂肪でたんぱく質を含む栄養プロファイルを示しています。研究チームは、こうした特性がシメジの菌糸体を食品・栄養補助食品・生物工学分野における持続可能な原料として活用する可能性を示していると位置づけていますが、今後さらなる検証が必要だとしています。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Ygor Velloso Tavares, Davi Vieira Teixeira da Silva, Luiz Torres Neto, et al. Biochemical Composition, Nutritional Profile, Bioactive Compound Content, Antioxidant Activity, and Technological Potential of Mycelium from Pleurotus ostreatus (Shimeji). モレキュールズ (2026). DOI: 10.3390/molecules31162851. 原著ライセンス: cc-by.