日本関連:この研究は海外機関を中心とする国際共同研究で、日本の研究機関に所属する共著者が参加しています。参加国はシンガポール、日本です。
掲載誌:Food Chemistry X
ライセンス: CC BY-NC-ND 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
豆腐や豆乳を作る際に大量に発生する副産物「おから」は、世界全体で年間14億トンも生まれているといいます。栄養価は高いものの、腐りやすく、食物繊維が多いために水に溶けにくく、そのままではざらついた食感や味の点で食品への利用が難しいという課題があります。こうした食品残さを、キノコの菌糸体を使って発酵させることでおいしく活用できないかを調べた研究が、学術誌「フード・ケミストリー・エックス」に2026年7月に掲載予定です。研究チームにはシンガポール南洋理工大学の研究者に加え、日本の新潟県にある一正蒲鉾株式会社の研究者も名を連ねています。
この研究では、食用キノコとして広く栽培されているヒラタケ(Pleurotus ostreatus)の菌糸体を使い、おからを固体培地として発酵(固体発酵)させる実験が行われました。おからは、そのまま使う「生おから」のほか、熱風乾燥、家庭用食品乾燥機による乾燥、凍結乾燥という異なる方法で乾燥させたものも用意されました。さらに、おからを単独で使うだけでなく、キノコ栽培でよく使われるおがくずや小麦ふすまと、おからを0%・25%・50%・75%・100%の割合で混ぜ合わせた培地も比較されています。
菌糸体の育ち方と、窒素・タンパク質量の変化
菌糸体の伸びる速さを比べたところ、最も速く、かつ密な菌糸の広がりが見られたのは乾燥させていない生おからで、次いで小麦ふすま(培養完了まで11〜12日)という結果でした。一方、おがくずだけの培地では生育が最も遅く、立ち上がりまでの停滞期間も長く、菌糸の密度も最も低いという結果になりました。研究チームは、おがくずが窒素分に乏しいこと(窒素含有率はおがくずが1.86%なのに対し、おからは5.81%)や、リグニン分解に多くのエネルギーが割かれることが影響した可能性を挙げています。逆に、おがくずにおからを混ぜると窒素分が補われ、菌糸の生育が明らかに改善したことも確認されました。
発酵によって、おから自体の窒素含有率も高まりました。これはタンパク質量の向上を示すと考えられ、乾燥させていない生おからを発酵させた培地では、乾燥重量あたりのタンパク質相当量がおよそ27.7〜30.2%に達したと報告されています。研究チームは、この窒素増加について、菌が代謝の過程でタンパク質やアミノ酸、核酸を新たに作り出したことが関係している可能性を指摘しています。
糖・有機酸・うま味成分にみられた変化
発酵前後で、おからや混合培地に含まれる呈味成分(味に関わる非揮発性の成分)を分析したところ、いくつかの顕著な変化が見られました。まず、糖の中で最も多く含まれていたブドウ糖(グルコース)の濃度は、発酵によって2.78倍から6.39倍にまで増加しました。これは、ヒラタケが持つセルロースなどを分解する酵素の働きによって、食物繊維などの複雑な高分子が糖に変換されたためと考えられています。一方で果糖(フルクトース)の濃度は、発酵後のすべての培地で発酵前の原料よりも低くなりました。
うま味に関わる成分についても増加が確認されています。遊離アミノ酸の濃度は2.16倍から6.58倍に、5′-ヌクレオチド(核酸系のうま味成分)の濃度は3.24倍から6.31倍にまで上昇しました。有機酸については、コハク酸が最も多く検出される有機酸となりました。さらに、味を機械的に測定する電子舌(電子味覚センサー)による評価では、発酵後のおからで酸味が弱まり、うま味とその「まろやかさ・広がり」に相当する数値が高まったことが示されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
研究チームは、今回の結果について、ヒラタケの菌糸体がおからやおから混合培地を風味の良い食品原料へと変換できる可能性を示すものだとしています。ただし、著者ら自身がいくつかの限界にも言及しています。たとえば、今回の実験には「発酵させずにただ同じ環境に置いただけ」の対照群(無接種のコントロール)が設けられておらず、未発酵の原料を基準として比較しているため、観察された変化のすべてを菌の働きだけによるものと完全に切り分けられているわけではない点が挙げられています。また、乾燥による保存性については、今後は水分活性の測定や微生物学的な安定性の評価も併せて行う必要があるとも述べられています。
この研究はあくまで一つの実験結果であり、ヒトが実際に食べた場合の風味や安全性、栄養価への影響を直接示したものではありません。おから活用の可能性を示す基礎的な知見の一つとして捉えるのが妥当です。
まとめ
今回の研究では、廃棄されやすい食品残さである「おから」に、ヒラタケの菌糸体を用いた固体発酵を施すことで、糖・遊離アミノ酸・5′-ヌクレオチドなどのうま味に関わる成分が増加し、電子舌による測定でも酸味の低下とうま味の向上が確認されました。生のおからや、小麦ふすまとの混合、さらには乾燥方法の違いによって、菌糸体の育ちやすさや成分の変化にも差が見られています。食品残さを風味の良い代替食品原料へと変える一つのアプローチとして、今後さらなる検証が期待される分野といえそうです。
著者:Malsha Samarasiri(School of Chemistry, Chemical Engineering and Biotechnology, Nanyang Technological University, Singapore 637459, Singapore)、Wei Ning Chen(School of Chemistry, Chemical Engineering and Biotechnology, Nanyang Technological University, Singapore 637459, Singapore)、Nobuhisa Kawaguchi(Ichimasa Kamaboko Co., Ltd., Niigata 950-8735, Japan)、Taisei Nakaminoto(Ichimasa Kamaboko Co., Ltd., Niigata 950-8735, Japan)、Wei Ning Chen(Food Science and Technology Program, Nanyang Technological University, 637459, Singapore)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Malsha Samarasiri, Wei Ning Chen, Nobuhisa Kawaguchi, et al. Taste characterization of okara and okara-derived substrates fermented by Pleurotus ostreatus mycelium. フード・ケミストリー・エックス (2026). DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104209.