この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を目的とした研究か
γ-アミノ酪酸(GABA)は、発芽玄米や大麦、トマト、ホウレンソウ、緑茶、発酵食品などに含まれる成分です。タンパク質の材料にはならない「非タンパク質アミノ酸」の一種で、グルタミン酸から炭酸ガスが外れる反応(脱炭酸)によってつくられます。分子量は103.12 g/mol、融点は202 ℃で熱に比較的強く、水に溶けやすい一方で有機溶媒には溶けにくい白色から淡黄色の結晶だと論文は説明しています。
当初GABAは植物や微生物の代謝産物と見なされていましたが、その後、動物の脳でも見つかり、脳や脊髄を含む中枢神経系で神経の働きを抑える「抑制性神経伝達物質」として作用することが分かってきました。膵臓のβ細胞や腸の筋層間神経叢の細胞でも、脳に匹敵する量が存在すると報告されています。
健康志向の高まりを背景に、GABAを多く含む食品やサプリメントの開発が進んでいます。著者らは、GABAのサプリメント市場が2019年の3800万ドルから2026年末には5000万ドルへ拡大するという業界予測を紹介しています。そのうえで本研究の目的を、ヒトにおけるGABAの作用のしくみ、生理機能、薬理作用、安全性を総説としてまとめ、機能性食品やサプリメントの研究・応用に役立つ理論的な手がかりを示すことだと述べています。
どう調べたか――既存研究を集めて整理する総説
この論文は新たに実験を行ったものではなく、これまでに公表された研究報告を集めて整理した総説(レビュー)です。著者らは、食品中のGABA含量の調査、細胞や組織を用いた試験管内(in vitro)の実験、ラットやマウス、線虫、カイコなどを用いた動物実験、そしてヒトを対象とした介入試験を区別しながら、それぞれの証拠がどこまでを示しているのかを検討しています。
GABAの受容体についても整理されています。GABAは小胞型GABA輸送体(VGAT)によってシナプス小胞に取り込まれ、シナプス間隙に放出されたあと、GABA_A受容体またはGABA_B受容体に結合します。GABA_A受容体は塩化物イオンを通すイオンチャネルで、活性化すると神経細胞の膜が過分極して神経の発火が抑えられます。GABA_B受容体はカリウムチャネルを介したゆっくり長く続く過分極を引き起こし、シナプス前側ではカルシウムチャネルを抑えて神経伝達物質の放出そのものを減らします。げっ歯類やヒトの薬理研究からは、前者が血圧の中枢性調節や不安、けいれんの起こりやすさに、後者が痛みの調整や情動、記憶の定着などに関与すると示唆されている、と紹介されています。
食品からの摂取量と血圧に関する報告
著者らはまず、日常の食事だけでGABAを十分にとるのは難しいと指摘します。穀類のGABA含量は100 gあたり0.67〜54.00 mgの範囲で、玄米が27.00 mg、大麦が54.00 mgと高い部類に入ります。米の胚芽やぬかにGABAは多く、大麦のぬかでは100 gあたり350 mgに達する一方、胚芽を取り除いた精白米では0.5〜1.2 mgにとどまります。醤油は100 gあたり約70 mgと発芽玄米の5倍ですが、1日の摂取量はふつう1〜2 gなので、そこから得られるGABAは最大でも1.4 mg程度だと計算されています。こうした事情から、GABAは機能性食品の添加物として使われることが多いと述べられています。
血圧については、短期のヒト介入試験と高血圧の動物モデルの結果から、食事やサプリメントによるGABAが穏やかな血圧低下と関連する可能性が示されている、と整理されています。ただし証拠の強さは実験モデルによって一様ではありません。ヒトの試験は人数が少なく期間も短く(おおむね8〜12週間)、発酵乳、GABAを強化したクロレラ、GABAを多く含む米など食品の形もまちまちでした。報告が比較的一致しているのは収縮期血圧(上の血圧)で、拡張期血圧(下の血圧)への影響は一貫しないとされています。
具体例として、正常高値血圧の人がGABA 12.3 mgを含む発酵乳100 mLを毎日とった試験では、8週後に収縮期血圧が下がり、12週後に拡張期血圧が続いて下がりましたが、摂取をやめると4週以内に元の水準に戻りました。GABAを多く含むクロレラを1日4 g摂取した試験や、GABAを100 gあたり11.2 mg含む強化白米を1日150 g、8週間食べた軽症高血圧の成人39人を対象とした無作為化二重盲検試験(比較対照は100 gあたり2.7 mgの低GABA米)でも、血圧の低下が特定の時点で認められています。ただし著者らは、クロレラにはタンパク質やミネラル、色素など他の成分も含まれるため反応をGABAだけに帰することはできず、比較対照がGABAの少ない米である場合もGABAの寄与を完全に切り分けられないと注意を促しています。総じて、正常高値血圧・境界域高血圧・軽症高血圧の一部の人で短期的に穏やかな効果がありうることは支持されるが、すでに確立した高血圧や薬物治療中の高血圧に対する有効性は示されていない、という評価です。GABAを含む食品は標準的な降圧治療の代わりではなく、あくまで食事面での補助として検討すべきものだと明記されています。
しくみについても、証拠の重みが丁寧に区別されています。脳幹の各部位(視床下部傍核、孤束核、吻側・尾側延髄腹外側部)とアンジオテンシンII受容体を介した中枢性の経路は、げっ歯類の脳に直接GABAを注入する実験でよく調べられた神経生理学的なしくみであり、生物学的な説明としては筋が通るものの、口から食べたGABAがヒトでこの経路を実際に働かせているかは未解明だとされています。また、GABAがアンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害するという生化学的な所見はよく記録されていますが、試験管内の実験で用いられる濃度はミリモル単位で、経口摂取後の血中濃度は低いマイクロモル単位にすぎず、2〜3桁の差があります。この差から、ACE阻害がヒトでの主要なしくみだとするには疑問が残ると論じられています。
抗酸化・更年期症状・不安・睡眠・がん細胞に関する報告
老化に関わる指標については、証拠の大半が前臨床段階のもので、ヒトでの抗老化効果の証明とは同一視できないと前置きされています。0.086〜8.6 mMのGABAを噴霧した桑の葉をカイコに与えた研究では、成虫の産卵数の増加、グルタチオン量やSOD・カタラーゼ活性の上昇、NAD⁺/NADH比の上昇、マロンジアルデヒドの低下などが観察されました。線虫では、100 μg/mLのGABA処理群でSODとカタラーゼの活性が対照群に比べそれぞれ52.46%、52.52%高まったと報告されています。SODは活性酸素であるスーパーオキシドを過酸化水素と酸素に変える酵素、カタラーゼは過酸化水素を水と酸素に分解する酵素で、いずれも体の酸化還元バランスを保つ働きをします。ただしこれらは精製GABAを用いた無脊椎動物の実験であり、複雑な食品として摂取した場合の吸収量や体内分布は評価されていないと著者らは述べています。
更年期症状に関しては、更年期の女性の約75%がのぼせや夜間発汗といった血管運動症状を経験するという背景が示されます。3500人を対象とした解析では、GABA投与により4週後と12週後にのぼせの頻度が減ったと報告されています。別の試験では、GABAとプラセボの用量がいずれも1日300〜1800 mgの範囲に設定され、のぼせの頻度・持続時間・重症度を組み合わせた複合スコアを指標として比較した結果、統計的に有意な低下がみられました。一方でメタ回帰分析は、GABAがのぼせの頻度と重症度については予測的な価値をもつものの、持続時間には影響しないことを示しています。1日7回以上のぼせがある閉経後女性59人を1日900 mgのGABAまたはプラセボに無作為に割り付けた12週間の試験では、GABA群でのぼせの頻度が45%、複合スコアが54%低下したと紹介されています。関連して、閉経後でうつ状態にある女性では前帯状皮質・内側前頭前野のGABA濃度が低いという観察も挙げられていますが、こうした所見は相関であり、GABA補給が神経機能の加齢性低下を改善するというのは推測の段階だと明記されています。
不安との関わりでは、慢性軽度ストレスのマウスモデルでGABAを多く含む米ぬか抽出物を4週間与えた研究で、ドーパミンやコルチコステロン、セロトニン、副腎皮質刺激ホルモンの水準の変化と、IL-1β、IL-2、TNF-αといった炎症性サイトカインの減少が報告されています。ヒトでは、GABA 100 mgを1回摂取した少人数の脳波研究で、対照群やL-テアニン群に比べてα波/β波比が有意に上昇しました。α波は目覚めた状態でのリラックス、β波は集中や緊張に対応するとされるため、この変化はリラックスした精神状態を示すと慣習的に解釈されます。また、高所恐怖のある人が吊り橋を渡る実験では、プラセボ群で唾液中の分泌型IgAが有意に低下したのに対し、GABA群では一度下がった値が元に戻り、試験を通じてプラセボ群より高く保たれました。著者らはこれらを「急性のストレス関連の生理的変化と関連する探索的な所見」と位置づけ、ハミルトン不安評価尺度などで検証された臨床指標による証拠は現時点で欠けているとしています。
睡眠に関しては、脳波を用いた研究が紹介されています。10人の被験者が就寝30分前にGABA 100 mgまたはプラセボを摂取した試験では、入眠までの時間が5.0分有意に短縮されました。投与前の入眠までの時間は平均で約10分であり、投与後はその半分に減ったと論文は説明しています。ノンレム睡眠の総時間は2.2%増加しました。深いノンレム睡眠に入るまでの潜時も4.1分短縮しましたが、こちらは有意差に至りませんでした。しくみとしては、腸の輸送体を介した吸収と腸脳軸、そしてGABA_A受容体の活性化が挙げられます。マウスでGABAと5-ヒドロキシトリプトファンを投与すると入眠潜時が短縮し総睡眠時間が延び、大脳皮質のGABA_A受容体の転写量が対照の1.37倍だったという報告もあります。血液脳関門についても、ラットに50 mg/kgを静脈注射した60分後に脳組織のGABA濃度が474±33 μg/gに達したという研究が示されていますが、これは経口ではなく静脈内投与であり、ヒトが食品から口にした場合に同じ経路が働くかは確認されていないと著者らは区別しています。
がんについては、細胞を用いた試験の範囲での報告です。提案されているしくみは、腫瘍細胞のcAMP産生を減らして増殖と移動を抑えること、マトリックスメタロプロテアーゼの産生を抑えること、血管内皮増殖因子やプロスタグランジンE2の産生を減らして腫瘍の血管新生を抑えることの3つです。大腸がん細胞では100 μMのGABAが最も増殖を抑え、SW620とSW480ではDNA合成が行われるS期の細胞が15%、13%減り、HCT116では分裂期にあたるG2/M期の細胞が30%増えて分裂が遅れました。GABAの作用は腫瘍細胞の種類や細胞内シグナルの状況、受容体サブタイプの発現に大きく左右されるとされています。
この総説が伝えていること
著者らの整理から浮かび上がるのは、GABAという身近な食品成分をめぐって、証拠の層がはっきり異なっているという構図です。神経細胞のレベルで受容体がどう働くか、動物モデルでどの経路が関わりうるかについては、かなり詳細な知見が積み上がっています。他方、私たちが食品として口にしたGABAがヒトの体内でどこまで届き、どの経路を実際に動かしているのかについては、多くが未確認のまま残されています。
この論文自身が繰り返し用いている言い方が、その距離感をよく表しています。不安の緩和や睡眠、血圧、抗老化、抗がんといった作用は「予備的、あるいは証拠に依存するもの」として述べるべきであり、ヒトで確立した臨床的効果とは呼べない。血中に届く濃度は試験管内の実験濃度より2〜3桁低い。静脈注射と経口摂取は区別しなければならない。こうした注意書きの一つ一つが、研究の積み上げ方そのものについての指摘になっています。
GABAを多く含む食品は、機能性食品の有望な担い手として検討する価値がある――ただしそれは、既存の治療に取って代わるものではなく、生理作用が働く条件や量、食品としての形をこれから明らかにしていく対象である。既知と未解明の線引きを慎重に引き直したことが、この総説の主要な貢献だと言えます。
著者:Mingcan Liu(School of Food Science and Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Shuyun Zhu(School of Food Science and Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Tabussam Tufail(School of Food Science and Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Bin Xu(School of Food Science and Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Mingcan Liu, Shuyun Zhu, Tabussam Tufail, et al. Exploring the Physiological Effects and Mechanisms of Gamma-Aminobutyric Acid in Food Systems. Foods 2026-09-19. DOI: 10.3390/foods15183323. 原著ライセンス:CC BY.