日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Nutrients
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を確かめようとしたのか
加齢とともに筋肉の量と力が落ちていく状態を「サルコペニア」と呼びます。虚弱や生活動作の障害、死亡リスクの上昇と強く結びつくため、高齢化が進む社会では大きな課題です。対策の柱は筋力トレーニングと栄養の改善ですが、持病があったり続けるのが難しかったりする高齢者では、効果が限られる場合があると論文は指摘しています。
そこで近年注目されているのが、腸と筋肉のつながり(腸―筋軸)です。腸内細菌がつくる物質が筋肉の代謝や全身の炎症に影響しうるという報告があり、生きた菌(プロバイオティクス)を使った研究では筋力や身体機能がわずかに改善したという報告がある一方、筋肉量への効果は一致していません。また、これまでの研究の多くは地域で暮らす高齢者や「サルコペニアになりそうな人」を対象としており、すでにサルコペニアと診断された患者での証拠は乏しい状況でした。
研究チームが着目したのは、加熱殺菌して生きていない状態にしたビフィズス菌「Bifidobacterium breve B-3」(論文ではB-3HKと表記)です。こうした生きていない菌体やその成分は「ポストバイオティクス」と呼ばれ、腸に定着しなくても宿主に働きかける可能性があるとされ、生きた菌に比べて安全性や品質の安定性の面で扱いやすいと論文は説明しています。動物や細胞レベルの先行研究では、筋肉の合成やエネルギー代謝に関わる経路が活性化することが示されていました。ただし、それが実際の患者で意味のある効果につながるかは不明でした。この点を確かめるのが本研究の目的です。
どのように調べたか
研究チームは、順天堂東京江東高齢者医療センターの消化器内科を受診した外来患者を対象に、24週間のランダム化二重盲検プラセボ対照試験を行いました。二重盲検とは、参加者も評価する医療者も、誰が本物を飲んでいるか分からない状態で進める方法です。対象はアジアのサルコペニア診断基準(AWGS 2019)に該当し、自力で歩ける50〜89歳の人です。神経疾患や関節の病気で運動が制限される人、日常的に筋トレをしている人などは除かれました。
参加者50人をくじ引きのように2群へ分け、一方には加熱殺菌したB-3を1日あたり2×10の10乗個に相当する量、もう一方には見た目が同じで菌を含まないカプセルを、1日1回24週間飲んでもらいました。食事や運動習慣は普段どおりを維持するよう指示されています。カプセルの服用率は両群ともおよそ94%と高い水準でした。
主要な評価項目は、開始時から24週後までの膝を伸ばす力(膝関節伸展筋力)の変化です。副次的には、体組成(生体電気インピーダンス法=BIAと、X線を使うDXA法の2通りで測った筋肉量の指標)、骨密度、歩行速度や握力などの身体機能、飲み込みに関する自己評価(EAT-10)、血液中の成長因子IGF-1やビタミンDなどの指標、便の腸内細菌の構成、安全性が調べられました。なお当初は100人を予定していましたが、診断基準が厳しかったことや新型コロナ流行下の募集困難により50人で終了しており、論文は探索的な予備試験(パイロット試験)と位置づけています。
報告された主な結果
最も重要な結果として、主要評価項目である膝を伸ばす力の変化に、両群で統計的な差は認められませんでした。24週時点の群間差の推定値は0.55 kgf(95%信頼区間 −1.10〜2.10)で、区間が0をまたいでいるため、効果があったとはいえないと著者らは述べています。12週時点でも差はありませんでした。
一方、副次的な項目では、BIAで測った筋肉量の指標に群間差がみられました。12週時点の骨格筋指数(身長で補正した四肢の筋肉量)は、B-3HK群が中央値0.19 kg/m²の増加、プラセボ群が0.08 kg/m²の減少で、名目上の有意差がありました(24週時点でも差が持続)。ただし著者らは、この差が主にプラセボ群での低下によって生じており、B-3HK群自体の変化は統計的に有意ではなかったと明記しています。したがってこれは「筋肉量が確かに増えた証拠」ではなく、「低下がやや抑えられた」と読むのが適切だという解釈です。同じ筋肉量をDXA法で測った場合には群間差はなく、握力・歩行速度・身体機能スコアにも差はありませんでした。
血液の指標では、筋肉のたんぱく合成に関わるIGF-1がB-3HK群で名目上増加し、ビタミンD(25-ヒドロキシビタミンD)も24週時点で名目上の増加が報告されました。飲み込みに関するEAT-10のスコアもB-3HK群で改善方向の差が出ましたが、もともと両群のスコアが低く、症状の負担がほとんどない人での変化だったと注意が添えられています。腸内細菌の多様性や菌の構成には、群間・群内のいずれでも有意な変化はみられませんでした。安全性については重篤な有害事象はなく、軽い胃腸症状が両群で同程度にみられた程度でした。B-3HK群で血小板数のわずかな低下がみられましたが、すべて基準値内で出血などは起きていません。
著者らは、これら副次的な差について多重比較の補正をしておらず、示されたp値はあくまで名目上のもので、仮説を立てるための材料にとどまると繰り返し強調しています。また、目標人数に届かなかったこと、脱落がB-3HK群のみで6人生じたこと、24週という期間が短い可能性、筋力トレーニングを組み合わせていないこと、IGF-1の結合たんぱくを測っていないことなどを限界として挙げています。
この研究が示すこと
結論として研究チームは、この予備試験では加熱殺菌ビフィズス菌B-3による膝伸展筋力の改善は示されず、臨床的な有効性は確認できなかったとしています。それでも、腸内細菌の構成が変わらないまま血中IGF-1が動いたという観察は、生きていない菌体が腸への定着ではなく宿主側の免疫・内分泌の反応を通じて働く可能性を考える手がかりになると論文は述べています。
すでに筋肉の減少が進んだ人では、体内の信号が筋肉の増加へ結びつきにくくなる(加齢による「アナボリック抵抗性」)ことも指摘されており、菌体だけで筋力を取り戻すのは難しいという見方が示されています。今回のデータは、より規模の大きな試験で何を測るべきかを考えるための出発点であり、効果を語るには確認が必要だという慎重な位置づけです。
著者:Daisuke Asaoka(Department of Gastroenterology, Juntendo Tokyo Koto Geriatric Medical Center, Faculty of Medicine, Juntendo University, Tokyo 136-0075, Japan)、Shin Yoshimoto(Biotics Research Institute, Morinaga Milk Industry Co., Ltd., Kanagawa 252-8583, Japan)、Noriko Katsumata(Biotics Research Institute, Morinaga Milk Industry Co., Ltd., Kanagawa 252-8583, Japan)、Noriyuki Iwabuchi(Biotics Research Institute, Morinaga Milk Industry Co., Ltd., Kanagawa 252-8583, Japan)、Naotake Yanagisawa(Medical Technology Innovation Center, Juntendo University, Tokyo 113-8421, Japan)、Toshitaka Odamaki(Biotics Research Institute, Morinaga Milk Industry Co., Ltd., Kanagawa 252-8583, Japan)、Jin‐zhong Xiao(Morinaga Milk Industry Co., Ltd., Tokyo 105-7122, Japan)、Tsutomu Takeda(Department of Gastroenterology, Faculty of Medicine, Juntendo University, Tokyo 113-8421, Japan)、Shigeo Koido(Division of Gastroenterology and Hepatology, Department of Internal Medicine, The Jikei University Kashiwa Hospital, Chiba 277-0004, Japan)、Toshifumi� Ohkusa(Division of Gastroenterology and Hepatology, Department of Internal Medicine, The Jikei University Kashiwa Hospital, Chiba 277-0004, Japan)、Akihito Nagahara(Department of Gastroenterology, Faculty of Medicine, Juntendo University, Tokyo 113-8421, Japan)、Nobuhiro Sato(Department of Gastroenterology, Faculty of Medicine, Juntendo University, Tokyo 113-8421, Japan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Daisuke Asaoka, Shin Yoshimoto, Noriko Katsumata, et al. Effects of Heat-Killed Bifidobacterium breve B-3, a Postbiotic, on Muscle Mass-Related Parameters in Patients with Sarcopenia: A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled Pilot Trial. Nutrients 2026-09-20. DOI: 10.3390/nu18183074. 原著ライセンス:CC BY.