この研究は、アメリカ、マダガスカル、サウジアラビアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Ecology and Society
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「地元の人々の知識」を手がかりにしたのか
サンゴ礁の漁業は、沿岸に暮らす人々にとって重要なタンパク質や微量栄養素の供給源です。しかし研究チームによれば、サンゴ礁は乱獲や気候変動、汚染といった圧力にさらされており、その変化が地元の食生活にどう跳ね返っているのかは十分に分かっていません。とくに漁獲の記録が乏しい地域では、長期の科学的モニタリングデータがないため、変化の追跡そのものが難しいという課題があります。
そこで著者らが用いたのが「伝統的生態学的知識(TEK)」です。これは、先住民や何世代もその土地に暮らしてきた住民が、自分たちと周囲の環境との関係について蓄積してきた知識・慣習・信念を指す言葉で、科学的データが不足する地域を補う情報源になりうると論文は説明しています。本研究は、マダガスカル南西部のラノベ湾(Bay of Ranobe)を対象に、この知識を通して水産食料システムの十年間の変化を捉えようとしたものです。
論文が掲げた目的は三つあります。第一に、サンゴ礁に関わる水産資源について「生態学的な個体数」「漁獲量」「世帯での消費量」という三つの側面での変化を、地元の人々の認識から把握すること。第二に、どの資源グループで変化が最も大きいと認識されているかを特定すること。第三に、回答者の属性(性別、年齢、その集落に住んだ年数、漁や採取に従事した年数)と、認識される変化との関係を評価することです。
どのように調べたか
調査は2022年7月から8月にかけての5週間、ラノベ湾沿いの三つの集落(イファティ、マディオラノ、アンバラボイ)で行われました。参加者は計97名で、全員がヴェゾ(Vezo)と呼ばれる、自給的な漁と帆走を生活の基盤とする民族言語集団の人々です。女性46名、男性51名、年齢は19歳から80歳(平均44.0歳)にわたります。一人ずつ個別に、現地の言語で半構造化の聞き取り調査が実施されました。
中心となった質問は、地域で重要とされる魚介類のグループごとに、「10年前(2012年)」と「現在(2022年)」の状態を1(非常に少ない)から5(非常に多い)の5段階で評価してもらうという形式です。「10年前」を基準にしたのは、比較的最近であると同時に、2013年に南西マダガスカルを襲い水と食料の供給を断ったサイクロン・ハルナ以前の時点だからだと論文は述べています。現在の評価から10年前の評価を引くことで、変化の方向と大きさを数値として扱いました。
注意点として、個体数と個人の漁獲量については、漁師または潮間帯などで手道具を使って採取する人にのみ質問し、世帯での消費量は全員に尋ねています。また、個体数については「漁獲の多さ」ではなく、海の中や上から実際に観察した生息状況に基づいて答えるよう強調されました。分析対象となったのは38の資源グループで、三つの側面を掛け合わせた114の項目について、属性を説明変数に含めたモデルと含めないモデルを比較しています。
報告された主な結果
著者らの報告では、調査したほとんどの資源が三つの側面すべてで減ったと認識されていました。個体数については、5段階の尺度上で平均3段階ほどの低下という大きな落ち込みが示されています。減少が最も小さいと認識された四つはいずれも無脊椎動物で、なかでもナガウニ属(Tripneustes)は平均1.65段階の低下と、他より明らかに減少が小さいとされました。魚類では、カサゴ科、ベラ科、キントキダイ科、ヤガラ科が減少の小さい四グループでした。
漁獲量の減少は平均1.8段階で、個体数よりは小さい幅でした。ここで最も減少が小さいとされたのはクモガイ属(Lambis)とシャコガイ属(Tridacna)で、いずれも0.50段階。逆に最も減ったとされたのはアクキガイ属(Murex、3.05段階)とタコ(2.85段階)でした。消費量については資源グループ間のばらつきが大きく、漁獲量で見られた傾向がさらに強まる形が多く見られました。オニカマス科(3.25段階)やガンギエイ科(3.13段階)のように、漁獲量の減少より消費量の減少が大きいグループもありました。特徴的なのは、クモガイ属が漁獲量では減っているにもかかわらず、消費量では唯一わずかな増加(0.04)を示した点です。
自由回答からも同じ方向の傾向が読み取れます。漁師の79.7%が礁の魚が減ったと述べ、56.5%が魚が小さくなったと述べました。逆に「増えた」「大きくなった」と答えた人は一人もいませんでした。その結果、以前より長時間漁をする、あるいは刺し網のような選択性の低い漁具を使うようになったという報告がありました。回答者のうち1名を除く全員が、10年前に比べて大切にしている食べ物を手に入れにくくなったと答え、全員が世帯として魚介類を得にくくなり、食べる量も減ったと答えています。
属性との関係については、114項目のうち28項目で属性を含むモデルの方が支持されました。つまり、属性が認識と結びついている資源グループもあれば、そうでないグループもあったということです。属性の影響がとくに目立ったのは漁獲量の認識(38グループ中16グループ)で、個体数(5グループ)や消費量(7グループ)より多くの項目で認められました。傾向としては、女性や若い人ほど減少の度合いを小さく認識しており、逆に年長の人はブダイ科などの個体数減少をより強く認識していました。性別は漁獲量の認識と最も強く関連し、女性は魚類・無脊椎動物のいずれについても自分の漁獲の減少をより小さく捉えていました。
この研究が示すこと
著者らは、資源の減少と地域社会の生物群集の構成変化の可能性が相まって、この地域の食料安全保障と生計に大きな課題をもたらしていると述べています。減少が小さいと認識された魚類は、ベラ科やモンガラカワハギ科、ハコフグ科、ツノダシ科といった、主に中位の栄養段階に位置する科でした。論文はこうした顔ぶれを、カサゴ科・キントキダイ科・ヤガラ科のような高次の栄養段階の科がすでに乱獲されてしまった、生物量の低い礁に特徴的なものだと位置づけています。そのうえで、藻類を食べるウニ類や中位の魚が相対的に残っているという認識のパターンは、藻類優占型のサンゴ礁への移行の可能性を示唆すると論じており、確認された事実ではなく今後の監視が必要な示唆として述べられています。
消費の面では、高価値の魚が売られる一方で価値の低い貝類が地元で食べられるという他地域の知見と重ね、クモガイ属のような無脊椎動物が魚の代替として消費されている可能性にも触れています。三つの側面を同時に尋ねたことの意味も指摘されています。漁獲量より消費量の減少が大きい資源グループがあるという発見は、単に「獲れる量」だけでなく「手に入れやすさ」の変化を示す手がかりになる、というのが著者らの見立てです。
そして属性によって認識が異なる以上、多様な立場の人々から知識を集めることが、生態的変化の影響を理解し、地域の保全上の優先課題を見定めるうえで重要だと結論づけています。長期のモニタリング記録がない場所で、そこに暮らす人々の知識が何を語りうるのかを具体的に示した研究といえます。
著者:Seo-Hyun Yoo(Department of Environmental Health, Harvard T.H. Chan School of Public Health, Boston, MA, USA)、Celior J. A. Herimanantsoa Nantenaina(IH.SM, University of Toliara)、Hervet J Randriamady(Department of Nutrition, Harvard T.H. Chan School of Public Health, Boston, MA, USA)、Aroniaina M Falinirina(Marine and Coastal Environment Laboratory, Fishery and Marine Science Institute (IH.SM), University of Toliara)、Gildas G. B. Todinanahary(Marine and Coastal Environment Laboratory, Fishery and Marine Science Institute (IH.SM), University of Toliara)、Emma Gibbons(Reef Doctor, Belalanda, Toliara ll, Southwest Madagascar)、Christopher D Golden(Department of Environmental Health, Harvard T.H. Chan School of Public Health, Boston, MA, USA)、Jessica Zamborain-Mason(Biological and Environmental Science and Engineering (BESE) Division, King Abdullah University of Science and Technology, Thuwal, Saudi Arabia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Seo-Hyun Yoo, Celior J. A. Herimanantsoa Nantenaina, Hervet J Randriamady, et al. Assessing coral reef food system changes in southwestern Madagascar through traditional ecological knowledge. Ecology and Society 2026-09-01. DOI: 10.5751/es-17674-310316. 原著ライセンス:CC BY.