日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Frontiers in Sustainable Food Systems

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

2022年2月のロシアによる全面侵攻以降、ウクライナでは避難による人口移動や物流の寸断、物価の上昇などで、食料の流通が大きく揺らぎました。こうした中、各地の自治体や学校、市民団体が「勝利の菜園(Victory Gardens)」と呼ばれる共同の菜園づくりに取り組みました。勝利の菜園は、かつて欧米で戦時中に広まった食料生産の取り組みにちなむ名称です。

研究チームは、この取り組みが戦時下の地域の食料安全保障にどのように役立っているのかを調べました。食料安全保障とは、人々が必要な食料を安定して手に入れられる状態のことです。著者らは、食料が「あるか」(供給)、「手に入るか」(アクセス)、季節や時間を通じて「続くか」(安定性)に加え、地域の人々が自ら食料のあり方を決められるか(主体性)、長く続けられるか(持続可能性)といった複数の側面から分析しました。菜園が食料を生み出したかどうかだけでなく、危機の中で食料を支える社会や組織の仕組みがどう組み替えられたかに注目しています。

8つの菜園を訪ねた聞き取り調査

研究チームは、全面侵攻後に戦時の混乱への対応として始まったこと、個人の家庭菜園ではなく共同または組織的に運営されていること、地域や運営形態に幅があること、調査時に活動中であることを基準に、8つの取り組みを選びました。自治体が運営する大規模な野菜畑から、福祉施設の畑、学校の菜園や温室、教室で育てるマイクログリーン(発芽後まもない若い葉物野菜)まで、規模も形もさまざまです。

2024年9月から2025年2月にかけて現地を訪れ、菜園の運営者や参加者24人に対し、計20回の対面インタビューを行いました。質問の内容をある程度決めつつ自由に語ってもらう形式で、菜園を始めた動機、運営方法、得られた成果、直面した課題などを尋ねています。

なお著者らは、収穫量を自ら計測してはいないと明記しています。論文中の収穫量や面積は参加者の見積もりで、記憶違いや成果を良く見せる傾向の影響を受けうるため、生産の規模や継続性を示す目安として扱われています。また、少数の事例を深く掘り下げる質的研究のため、結果をウクライナのすべての勝利の菜園に一般化するものではないとしています。

主な結果:使われていない土地の活用から収穫の分配まで

多くの菜園は、自治体などが所有する共有地に作られ、その多くは放棄されたり使われていなかったりした土地でした。新たに農地を取得するのではなく、こうした遊休地を再び耕して活用したのです。ButskやVolochyskをはじめ多くの事例では、土地が何年も耕作されておらず、植え付けの前に農業機械を使った開墾や土づくりが必要でした。一部の事例では森林が自然に戻り始めており、低木や若木を取り除いてから野菜を植えたと報告されています。地元の農家が農業機械や技術、労働力を提供し、立ち上げを後押ししました。参加者の見積もりでは、ある菜園で2022年にジャガイモ約100トンが収穫されたとされます。

収穫物は、学校や幼稚園の給食、病院、福祉施設、国内避難民、兵士の支援などに届けられました。著者らは、食料が誰に届くかは生産量だけでなく、誰が作り、誰が受け取り、限られた収穫をどう分けるかという地域の運営の仕組みに左右されていたと指摘しています。冷蔵保存や冷凍、家庭での瓶詰めによって、夏から秋の収穫を冬や春先まで活用する工夫も見られました。外部の支援事業が終わった後も、栽培を続けている地域もありました。

運営の形は大きく三つに分かれました。自治体主導の菜園は、共有地を使い、計画的な栽培と必要に応じた分配を行っていました。学校の菜園は食料の量よりも教育を重視し、食や環境についての学びや実践的な技術を子どもたちに伝え、子どもが家で栽培を始める例もありました。市民団体(NGO)主導の菜園は柔軟な一方、リーダーシップやボランティア、外部資金への依存が大きく、畑が住宅地から遠く、対象とした若者が集まらなかったために、うまくいかなかった事例もありました。

どの形の菜園も、戦時特有の制約に直面していました。先行きの見えなさが長期の計画を難しくし、男性の多くが兵役に動員されたことで人手が不足しました。参加者の語りからは、作業の負担が女性や高齢者、自治体職員に偏る傾向がうかがえます。物価の上昇や自治体予算の不足も課題でした。また、避難してきた人々の中には、菜園が遠いことに加え、菜園に参加することが「避難先に定住すること」のように感じられ、いずれ故郷に戻ることを望んで参加しなかった人もいたと報告されています。

研究が示すもの

著者らは、勝利の菜園の貢献は食料安全保障の側面によって一様ではなく、最も確かな根拠が得られたのは食料の供給とアクセスであり、主体性や持続可能性は地域の組織の力に大きく左右されていたとまとめています。家庭菜園、自治体や地域の菜園、学校、種子の共有、家族間のやり取りが重なり合い、ある部分が弱まると別の部分が補う「重層的な」地域の食料システムが形づくられていた点も重要な発見とされます。

さらに著者らは、こうした取り組みが戦争を機にゼロから生まれたのではなく、ウクライナで日常的に続いてきた家庭での食料生産の知識や技術を基盤に広がったものだと指摘しています。外部の支援は種や道具、灌漑設備などで活動を加速させましたが、始める動機は主に地域の内側から生まれていました。学校や自治体に根ざした取り組みほど継続しやすかったことも示されています。

研究は、戦時下の地域の菜園が単に食料を作る場ではなく、土地や人、組織を結びつけて食料を必要な人へ届ける仕組みとして機能しうることを示しています。同時に著者らは、勝利の菜園は危機の中で食料安全保障を支える取り組みの一つであって、食料システムの構造的な変革に代わるものではないと位置づけています。

原著論文の著者・所属:Nataliya Stryamets(Nature Reserve Roztochya)、Giles B. Sioen(Future Earth Global Secretariat; Sustainable Society Design Center, Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo)、Marine Elbakidze(Institute for Future Initiatives, The University of Tokyo; Ivan Franko National University of Lviv; Södertörn University)、Oksana Pelyukh(Ukrainian National Forestry University; University of Lodz)、Madeleine Bonow(Södertörn University)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Nataliya Stryamets, Giles B. Sioen, Marine Elbakidze, et al. Victory gardens in wartime Ukraine: community responses to food system disruptions through local food production. Frontiers in Sustainable Food Systems 2026-11-03. DOI: 10.3389/fsufs.2026.1972593. 原著ライセンス:CC BY.