日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Journal of Exposure Science & Environmental Epidemiology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ基準範囲が必要だったのか

血液中には、コバルトやセレンなど、ごく微量しか含まれない元素が数多く存在します。近年は「誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)」と呼ばれる、多数の元素の濃度を一度にまとめて測定できる装置が普及し、こうした微量元素を大規模に調べる研究が国内外で進められてきました。

ただし、測定値が得られても、それが「その集団として普通の範囲に収まっているのか」を判断する物差しがなければ、結果を解釈できません。この物差しにあたるのが「基準範囲(リファレンスインターバル)」です。著者らは、多くの微量元素について、日本人集団に合わせた基準範囲、とりわけ年齢層ごと・性別ごとに区分した基準範囲が定まっていないことが、測定値の臨床的な解釈を難しくしていると指摘しています。

そこで本研究は、コバルト(Co)、ヒ素(As)、セレン(Se)、ルビジウム(Rb)、ストロンチウム(Sr)、モリブデン(Mo)、銀(Ag)、セシウム(Cs)という8元素について、年代別・性別の血清基準範囲を導き出すことを目的としました。これら8元素は、日本の一般成人集団について確立された年齢・性別区分の基準範囲がない、という基準であらかじめ選ばれています。あわせて、測定した施設ごと・年ごとのばらつきがどの程度かも検討されました。

どのように調べたか

対象となったのは、2017年から2020年にかけて日本国内で行われた、希望者向けの血清微量元素スクリーニングに参加した成人です。分析対象は17元素をあらかじめ決めて測定するパネルで、そのうち上記の8元素について基準範囲を算出する方針が事前に決められていました。残りの元素のうち7つ(ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウム、鉄、銅、亜鉛)は、すでに一般的な検査で日常的に評価されているため除外されました。リンと硫黄も、この測定法で得られる「総量」が通常の臨床検査の指標と直接は対応しないため、対象から外されています。

元の記録は19,845件でしたが、20歳未満、17元素がそろわない記録、適格性を満たさない記録を除き、さらに同一参加者の重複を最初の1件に整理し、参加者が20人未満だった2施設を除外した結果、最終的に10施設・17,523人分が解析対象となりました。基準範囲の推定には、臨床検査の国際的な指針であるCLSI EP28-A3cに沿った統計的な枠組みが用いられ、数値の分布を正規分布に近づけるBox–Cox変換と、推定値の幅を示すブートストラップ法による90%信頼区間が組み合わされました。また、年や施設をまとめて一つの基準範囲としてよいかどうかは、統計検定の効果量と基準範囲幅の比率から判断されています。

参加者募集の際には、妊娠中や産後6か月以内、がん治療中、透析中、骨折、血液疾患など、血清中の微量元素濃度に影響しうる状態にある人は申し込みを控えるよう案内されていました。ただし著者らは、その指示が守られたかどうかは独立に確認しておらず、採血時に標準化された診察や検査は行っていないと述べています。このため本研究の区間は、厳密に定義された健常者集団ではなくスクリーニング受診者集団から導かれた「記述的な」区間と位置づけられています。

報告された主な結果

著者らの報告によれば、8元素すべてで年齢および/または性別に関連した違いが見られました。ヒ素とモリブデンは男女とも高齢の年齢層でおおむね高く、銀とセシウムも高齢層で高い傾向がありましたが、年代ごとの変化は一方向ではありませんでした。反対にルビジウムは高齢層で低い傾向を示しました。ストロンチウムの基準範囲の上限は男女とも年齢とともに上がる傾向があり、特に70歳以上の女性で顕著でした。

セレンは性別によって様子が異なり、男性ではおおむね年代を通じて安定していた一方、女性では60〜69歳の年齢層まで上昇し、その後は低下していました。コバルトは女性のほうが男性より高く、女性では20〜49歳で上限が高く、50〜69歳で低いという非単調な推移が報告されています。著者らはこの女性の推移について、閉経前後の移行期と矛盾はしないものの、直接の証拠ではないとし、この研究では閉経の状況を記録していないため、想定される仕組みは推測にとどまると明記しています。

採血年による違いも施設による違いも、効果量としては全体に小さく、データをまとめて一つの基準範囲を作ることが妥当だと判断されました。参加者の60.3%を占めた一施設(神奈川)を除いて計算し直す感度分析でも、8元素すべてで基準範囲の上下限の差は基準範囲幅の5%未満にとどまり、特定の施設に結果が引っ張られてはいないことが確認されています。

この研究が示すこと

本研究は、日本人成人について基準範囲が定まっていなかった8つの微量元素に対し、大規模なデータをもとに年代別・性別の血清濃度区間を示しました。同じ測定方法と統一された統計の枠組みを多施設のデータに適用した点が、これまでの知見を広げる部分だと著者らは述べています。

得られた区間は、ICP-MSによる微量元素の測定結果を、年齢や性別という文脈のなかで読み解くための手がかりとなります。同時に著者らは、これが厳密な健常者集団ではなくスクリーニング受診者集団から導かれた記述的な区間であること、たとえばヒ素については日本の食生活を反映して毒性の低い有機態が多くを占めると考えられ、健康リスクの評価に用いるには化学形態を区別する分析が必要になることも、あわせて指摘しています。

著者:Takazo Tanaka(Department of Urology, Hitachi General Hospital, Hitachi, Japan)、Tomoko Oguri(Research Institute of Science for Safety and Sustainability (RISS), National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Tsukuba, Japan)、Takuya Shimizu(Health Care Analysis Center, Renatech Co., Ltd., Isehara, Kanagawa, Japan)、Shunsuke Fujimoto(Health Care Analysis Center, Renatech Co., Ltd., Isehara, Kanagawa, Japan)、Masanobu Shiga(Department of Urology, Institute of Medicine, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan)、Yoshiyuki Nagumo(Department of Urology, Institute of Medicine, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan)、Shuya Kandori(Department of Urology, Institute of Medicine, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan)、Atsushi Ikeda(Department of Urology, Institute of Medicine, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan)、Kosuke Kojo(Department of Urology, Institute of Medicine, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan. [email protected])、Hiroyuki Nishiyama(Department of Urology, Institute of Medicine, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Takazo Tanaka, Tomoko Oguri, Takuya Shimizu, et al. Age- and sex-stratified serum reference intervals for eight trace elements in a large Japanese screening cohort. Journal of Exposure Science & Environmental Epidemiology 2026-09-01. DOI: 10.1038/s41370-026-00968-2. 原著ライセンス:CC BY.