マサバ(Scomber japonicus)は、日本や韓国、ロシアなどでも巻き網漁業の重要な対象となっている魚で、良質なたんぱく質や脂肪酸、ミネラルの供給源として世界的に消費されています。海洋生物は鉄や亜鉛のように体に必要な微量元素だけでなく、カドミウムや鉛のように毒性を持つ非必須元素も、えらや腸、あるいは餌を通じて取り込み、体内に蓄積することが知られています。上海海洋大学の研究グループは、北西太平洋で漁獲されたマサバの筋肉組織を対象に、13種類の微量元素の濃度と、それを人が食べた場合の健康リスクを調べました。

どのように調べたのか

研究チームは2022年6月から8月にかけて、トロール漁船「Song Hang号」により北西太平洋で採集された229個体のマサバを対象としました。個体ごとに体長と体重を測定したうえで、背部の筋肉を採取し、硝酸を用いたマイクロ波分解処理を行ってから、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)でチタン(Ti)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ヒ素(As)、セレン(Se)、ストロンチウム(Sr)、モリブデン(Mo)、カドミウム(Cd)、鉛(Pb)の13元素の濃度を測定しています。測定にあたっては添加回収率98〜103%、繰り返し分析の相対標準偏差5%未満という条件で精度管理が行われました。

研究でわかったこと

筋肉中の平均濃度(湿重量1kgあたりのミリグラム)は、鉄が16.3と最も高く、以下、亜鉛とストロンチウムが9.76、銅が4.88、マンガンが1.11、ヒ素が1.02、セレンが0.70と続き、クロムと鉛が0.09、チタンが0.07、カドミウムが0.03、モリブデンが0.02、コバルトが0.01という順でした。全体として、他の海域の同規模の浮魚類と比べても低い水準にあると報告されています。

体長・体重との関係を調べたところ、チタン、クロム、マンガン、鉄、銅、亜鉛、ストロンチウム、モリブデン、カドミウム、鉛の10元素は、体が大きくなるほど濃度が下がるという統計的に有意な関係が見られました(p<0.001)。研究チームはこれを「成長による希釈効果」と説明しており、若い個体のほうが代謝活動が活発なため元素を多く取り込む一方、成長に伴って体重が増えることで相対濃度が薄まる、という仕組みが背景にあると考察しています。一方でコバルト、ヒ素、セレンには体長・体重との関連が見られませんでした。

元素同士の関係を統計的に分析した結果(主成分分析)では、鉄・亜鉛・マンガン・カドミウム・モリブデン・クロムのグループと、ヒ素・セレン・銅のグループという、異なる由来を持つとみられる2つのまとまりが見つかりました。研究チームは前者を主に餌からの摂取、後者を海水からの直接的な取り込みに関連する可能性があると位置づけていますが、これはあくまで元素濃度の変動パターンから推定された統計的な関連であり、実際の取り込み経路を直接証明するものではないと注記しています。また、セレンはモリブデン・クロム・マンガンとの間に統計的に有意な負の相関(p<0.05)を示し、これらの元素同士に拮抗的な作用がある可能性も指摘されています。

食品の安全基準に照らした評価では、カドミウムと鉛の濃度は国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が定める上限を下回っていましたが、ヒ素の総濃度はこの上限を超えていました。ただし研究チームは、魚の筋肉中のヒ素の多くは毒性の低い有機態として存在することが知られている点を踏まえ、無機態(毒性の高い形態)に換算した濃度を試算したところ、平均で1kgあたり0.03ミリグラムとなり、上限の1.0ミリグラムを大きく下回ったとしています。単一元素ごとの汚染指数(SFI)でも、クロム・鉛・カドミウム・マンガンは「非汚染」レベル、亜鉛・銅・ヒ素は「軽度汚染」レベルにとどまり、13元素をまとめた複合汚染指数(MPI)も汚染とみなされる基準を大きく下回りました。

さらに、FAOの統計に基づき中国、インドネシア、ペルー、ロシア、米国、インド、ベトナム、日本という漁獲量上位8か国それぞれの浮魚類の年間消費量をもとに、カドミウム・ヒ素・ストロンチウム・鉛の1日あたり摂取量や健康リスク指標(THQ、複数元素を合算したTTHQ)を試算しています。その結果、いずれの国でもTHQ・TTHQともに基準値の1を下回り、日常的な摂取による健康リスクは示唆されませんでした。ヒ素のTHQは相対的に高めで、ペルー・日本・インドネシアで他国より高い値となりましたが、それでも基準を超えるものではなかったとされています。

この研究を読むうえでの注意点

著者らは限界点として、今回測定したのはヒ素の総濃度であり、毒性の低い有機態と高い無機態を分けて直接測定したわけではないため、リスクを過大評価している可能性があると述べています。また、海水や餌生物の元素濃度を同時に測定していないため、生物濃縮の程度を示す指標を算出できず、元素の取り込み経路についての解釈は統計的な関連にとどまるとも説明されています。著者らは今後、ヒ素の化学形態別の分析や、複数の組織を対象にした調査、長期的なモニタリングが必要だとしています。なお、著者の所属機関は中国・上海海洋大学ですが、漁業や消費に関する試算では日本も検討対象国の一つに含まれており、日本の浮魚類消費量データも用いられています。

まとめ

今回の研究は、北西太平洋のマサバの筋肉に含まれる13種類の微量元素の濃度と、その由来や健康リスクを包括的に評価したものです。全体として濃度は他海域の同規模魚種と比べて低めであり、個別・複合いずれの評価でも消費による明確な健康リスクは示唆されませんでした。ただし、これは特定の時期・海域で採集された試料に基づく一つの研究であり、ヒ素の形態別分析や環境試料との比較を含めたさらなる検証が今後の課題として挙げられています。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Tiantian Leng, Bilin Liu, Jingqian Xie, et al. Assessment of occurrence and health risks of trace elements in the Japanese mackerel, Scomber japonicus, from the Northwest Pacific Ocean. フロンティアーズ・イン・エンバイロメンタル・サイエンス (2026). DOI: 10.3389/fenvs.2026.1869464. 原著ライセンス: cc-by.