著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Plants
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:カドミウムを根でとどめる仕組みを探る
カドミウムは土壌に広く存在する重金属です。作物の生育を妨げるだけでなく、食物連鎖を通じて人の健康にも害を及ぼすおそれがあります。主要な食用作物である小麦はカドミウム汚染の影響を受けやすく、小麦の体内へのカドミウムの蓄積を減らすことが重要な課題とされています。
植物の根では、細胞を包む細胞壁がカドミウムを細胞内へ入る前に捕らえる主な場所になります。根の細胞壁にカドミウムがとどまれば、茎や葉などの地上部へ運ばれる量が減ります。細胞壁の成分の一つにヘミセルロースがあり、その一種がマンノースという糖からなるマンナンです。マンナンを分解・改変する酵素エンド-β-マンナナーゼ(MAN)は、シロイヌナズナではカドミウムへの耐性に関わることが知られていました。ただし、小麦で同様の遺伝子がどう働き、どのように制御されているのかは分かっていませんでした。
研究チームは、小麦のMAN遺伝子の役割と、その働きを上流で調節するタンパク質の仕組みを明らかにすることを目指しました。
細胞壁の酵素遺伝子TaMAN7-4Bの働き
研究チームは、カドミウム処理した小麦で発現が変化する遺伝子の中から、シロイヌナズナのMAN7に相当する遺伝子を見つけ、TaMAN7-4Bと名付けました。この遺伝子は、カドミウムにさらされると根と地上部の両方で反応しました。
次に、この遺伝子の働きを弱めた小麦と、強めた(過剰に発現させた)小麦を作り、幼苗をカドミウムを含む養液で育てて比較しました。カドミウムがない条件では、遺伝子の働きを弱めた小麦と通常の小麦に目立った差はありませんでした。カドミウムがある条件では、働きを弱めた小麦の生育量は少なく、葉の黄化が強まり、葉緑素の量も大きく減りました。根と地上部のカドミウム量はいずれも通常の小麦より多くなりました。
反対に、遺伝子の働きを強めた小麦はカドミウムの下でもよく育ち、葉緑素の量も多く保たれました。根のカドミウム量は通常の小麦と有意な差がなかった一方、地上部のカドミウム量ははっきり減りました。根から地上部へのカドミウムの移りやすさを示す指標も低下しており、著者らは、この遺伝子の働きを強めると根から地上部への移動が抑えられると報告しています。
根の細胞壁を調べると、遺伝子の働きを強めた小麦ではヘミセルロースとマンノースが増え、細胞壁やヘミセルロースに結びついたカドミウムも多くなっていました。働きを弱めた小麦では逆の傾向でした。著者らは、この遺伝子が細胞壁の成分を変えることで、根がカドミウムを捕らえる能力を高めていると考えています。
遺伝子のスイッチ役と、それを安定させるリン酸化酵素
研究チームは次に、TaMAN7-4Bの働きを調節する仕組みを調べました。遺伝子の働きを調節するタンパク質を「転写因子」と呼びます。酵母を使った探索で、bZIPという転写因子のグループに属するTabZIP27が候補として見つかりました。酵母での実験、試験管内の実験、タバコの葉を使った実験から、TabZIP27はTaMAN7-4Bの上流にある調節領域のうち、「ACGT」という配列を含む部分に直接結合し、この遺伝子の働きを高めることが示されました。
さらに、TabZIP27と結びつくタンパク質として、リン酸化酵素TaCIPK16が見つかりました。リン酸化とは、タンパク質にリン酸という小さな分子を付ける化学的な修飾で、タンパク質の働きや寿命を左右することがあります。酵母、タバコの葉、試験管内など複数の手法による実験で両者の結合が確かめられ、タバコの葉の細胞では結合を示す信号が主に核に見られました。試験管内の実験から、TaCIPK16によるリン酸化に関わる主な候補部位は、TabZIP27の13番目と52番目のアミノ酸(どちらもトレオニン)とされました。
小麦から取り出したタンパク質液を使った実験では、リン酸化された状態をまねたTabZIP27は、通常のTabZIP27よりも分解されにくいことが分かりました。また、細胞内でタンパク質を分解する装置(26Sプロテアソーム)の働きを止める薬剤によって、TabZIP27の分解が抑えられました。
TaCIPK16の働きを強めた小麦は、カドミウムの下でよく育ち、生育量が増え、カドミウムの蓄積も減りました。通常の小麦ではカドミウム処理後にTabZIP27タンパク質が分解されましたが、TaCIPK16の働きを強めた小麦ではその分解が穏やかで、TabZIP27のリン酸化も強く見られました。著者らは、TaCIPK16によるリン酸化がカドミウムの下でTabZIP27の安定性を高めることと関連していると結論づけています。
研究が示すこと
著者らは結果を次のようにまとめています。リン酸化酵素TaCIPK16がTabZIP27をリン酸化して分解されにくくします。安定したTabZIP27がTaMAN7-4Bの働きを高めます。その結果、根の細胞壁がカドミウムを捕らえやすくなり、地上部への移動が抑えられます。この「TaCIPK16→TabZIP27→TaMAN7-4B」という連携は、一つの実験でまとめて示されたものではありません。遺伝子の働きを変えた小麦の幼苗での生育やカドミウム量の比較に加え、酵母、試験管内、タバコの葉での実験で得られた結合やリン酸化の結果を組み合わせて導かれたものです。
この研究は、小麦がカドミウムにどう対応するかという分子の仕組みの理解を深めるものです。あわせて、カドミウムの蓄積を減らすための候補となる遺伝子を示した点に意味があると、著者らは位置づけています。
原著論文の著者・所属:Liwen Wang(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)、Dayong Cui(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)、Yonglan Chang(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)、Fei Zhang(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)、Changliang Du(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)、Rugang Wu(Dezhou Academy of Agricultural Sciences, Dezhou 253015, China)、Caibo Zhang(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)、Wenya Li(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)、Wenqian Liu(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)、Yongchao Gong(Institute of Crop Germplasm Resources, Shandong Academy of Agricultural Sciences, Jinan 250100, China)、Yanyan Pu(Institute of Crop Germplasm Resources, Shandong Academy of Agricultural Sciences, Jinan 250100, China)、Junke Zhu(School of Life Sciences, Qilu Normal University, Jinan 250200, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Liwen Wang, Dayong Cui, Yonglan Chang, et al. Phosphorylation of TabZIP27 by TaCIPK16 Regulates TaMAN7-4B Expression During Cadmium Response in Wheat. Plants 2026-10-20. DOI: 10.3390/plants15203214. 原著ライセンス:CC BY.