体がだるい、頭がぼんやりする、気分が沈む――そうした不調の背景に、栄養やホルモンの乱れによる「代謝性脳症」が関わっていることがあります。代謝性脳症とは特定の病気の名前ではなく、肝臓や腎臓の機能低下、栄養不足、電解質の異常、毒性物質などによって脳の働きが乱れる状態の総称で、軽い精神症状から深刻な意識障害まで幅広い症状を含むとされています。今回紹介するのは、東亜大学校医科大学(韓国・釜山)およびコンクク大学校(韓国・忠州)の研究者らが、これまでに発表された動物実験や臨床研究を集めて整理した総説論文です。血糖、アンモニア、インドキシル硫酸、電解質イオン、ビタミンといった代謝の乱れが、どのようにして認知機能や心の状態に影響しうるのかを、既存の知見をもとにまとめています。

この総説は、2026年3月までにPubMed、Scopus、Google Scholarで発表された論文を「代謝性脳症」「高アンモニア血症」「低血糖」「高血糖」「インドキシル硫酸」「カリウム」「ナトリウム」「ビタミンB1(チアミン)」などのキーワードで検索し、動物実験および臨床研究に絞って集められた文献にもとづいています。学会発表の抄録など査読を経ていない資料は除外されており、著者ら自身も、この分野を網羅した総説ではなく、著者が選んだ文献にもとづく解説であると述べています。

肝臓・腎臓の機能低下と脳の関係

肝機能が低下するとアンモニアが体内に蓄積し、高アンモニア血症を引き起こします。論文で紹介されている実験によると、脳内でアンモニアが増えると、主に脳の支持細胞である「アストロサイト」の中でグルタミンが過剰に作られ、細胞が水分を含んで膨らむ「浸透圧ストレス」が起こるとされています。培養細胞を使った実験では、この膨張にNa⁺-K⁺-Cl⁻共輸送体(NKCC)という輸送タンパク質や、細胞内カルシウムの上昇、NF-κBという炎症関連因子が関与しており、これらの働きを薬剤で抑えるとアストロサイトの膨張が軽くなったことが報告されています。また、肝硬変のモデルマウスを使った実験では、高アンモニア血症によってミトコンドリアの機能異常や炎症反応が起こり、認知機能の低下と関連していたことも紹介されています。ヒトを対象にした臨床研究でも、肝性脳症患者の症状の重さは、血中アンモニア濃度・脳血流の変化・認知機能の低下と関連しており、ラクツロースという薬剤による治療で脳血流や認知機能が改善したとの報告があるとされています。

一方、腎機能が低下すると、腸内細菌が食事中のトリプトファンから作るインドール由来の「インドキシル硫酸」という物質が体内に蓄積します。論文によれば、この物質を投与したマウスの実験で、血清中の炎症性物質(TNF-αやIL-6など)の増加、脳内での神経伝達物質(ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなど)の減少、そして不安や抑うつのような行動の変化が観察されたとされています。腎不全のマウスに片側の腎臓を摘出したうえでインドキシル硫酸を7週間投与した実験では、酸化ストレスや神経の炎症に加えて、ストレスホルモンであるコルチコステロンの上昇や新しい神経細胞の働きの変化も見られ、これらが認知機能や情動面の異常につながった可能性が述べられています。慢性腎臓病の患者を対象とした研究でも、血中のインドキシル硫酸濃度が高いほど記憶力や注意力、遂行機能などの低下と関連していたことが紹介されています。

血糖・電解質・ビタミンの過不足も脳に影響しうる

血糖値についても、高すぎても低すぎても脳への影響が報告されています。慢性的な高血糖は酸化ストレスを介してインスリンを作るすい臓の細胞の働きを弱め、炎症反応を引き起こすとされ、GLUT1という糖の輸送体が生まれつき不足する疾患の患者ではてんかんや認知機能の障害がみられることが紹介されています。逆に低血糖については、1型糖尿病の患者を対象にした研究で、重い低血糖を繰り返した人ほどMRI検査で脳の皮質が萎縮していたとの報告があり、動物実験では低血糖によって脳のバリア機能を保つタンパク質(クローディン5やオクルディンなど)が減少し、記憶に関わる海馬の可塑性が損なわれたことが述べられています。

電解質のうちカリウムは神経の興奮や心臓の拍動に関わる重要なイオンで、論文では、慢性腎不全の患者において高カリウム血症が細胞膜の異常な脱分極を起こし、血液透析後にその異常が改善したという臨床報告が紹介されています。逆にカリウム不足については、精神科の急性期入院患者に低カリウム血症が多くみられたことや、慢性的なカリウム不足と不安・うつ症状を示した患者にカリウムを補う治療を行ったところ症状が和らいだという症例報告が取り上げられています。ナトリウムについても、慢性的な低ナトリウム血症の患者で海馬の体積減少や脳の白質の微細な変化がみられ、輸液制限や高張食塩水、トルバプタンという薬剤による治療で認知機能や気分が改善したとする研究が紹介されています。動物実験でも、慢性的な低ナトリウム状態のラットでセロトニンやドーパミンの減少、不安のような行動の増加がみられ、ナトリウムを補正するとこれらが元に戻ったとされています。鉄についても、欠乏はドーパミンやセロトニンを作る酵素の働きを支えられなくなることで気分や認知に影響しうる一方、過剰な蓄積はミトコンドリアの障害や「フェロトーシス」と呼ばれる鉄依存性の細胞死を介して認知機能の低下に関わる可能性が述べられています。ビタミンB1(チアミン)については、エネルギー代謝や神経伝達物質(アセチルコリン、セロトニンなど)の合成、神経線維の髄鞘形成に関わっており、不足すると酸化ストレスやDNA・タンパク質・脂質の損傷につながる可能性があるとされています。

この研究をどう受け止めるか

この論文は、著者ら自身が新たな実験を行ったものではなく、これまで報告されてきた動物実験や臨床研究を集めて整理した総説(レビュー)です。紹介されている個々の知見の多くは培養細胞や動物モデル、あるいは限られた患者集団を対象にしたもので、ヒト全般に同じ仕組みがそのまま当てはまるとは限りません。また著者らは、代謝性脳症という概念自体がまだ十分に定義しきれておらず、多面的な概念である可能性があると述べています。さらに、認知症やうつ病などの疾患そのものによる症状と、それに伴う代謝の乱れによる症状を見分けることは臨床上難しく、この総説はあくまで既存文献の紹介であり、特定の食品やサプリメントの摂取を推奨するものではない点に注意が必要です。

とはいえ、アンモニア・インドキシル硫酸・血糖・電解質・ビタミンといった体内の代謝バランスの乱れが、酸化ストレスや炎症、神経伝達の変化などを介して認知機能や気分に関わりうるという整理は、日々の栄養状態や基礎疾患の管理が脳の状態と無関係ではないことを改めて示すものといえます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:So Jung Park, So Yeong Cheon. A Potential Link between Psychoneurological Impairment and Metabolic Stressors: Implications for Metabolic Encephalopathy. エクスペリメンタル・ニューロバイオロジー (2026). DOI: 10.5607/en26023. 原著ライセンス: cc-by-nc.