ハム、チーズ、干物、漬物——塩を使った食品は世界中の食卓に欠かせません。塩には昔から食品を長持ちさせる力があることが知られていますが、近年は健康への配慮から「減塩」が求められる場面が増えています。しかし塩を減らすと、これまで塩によって抑えられていた微生物が活発になり、保存性や安全性に影響が出るのではないか、という懸念もあります。今回紹介する論文は、食肉・乳製品・魚介類・野菜の塩蔵食品を対象に、塩と微生物の関係をこれまでの研究をもとに整理し、減塩と安全性を両立させるための技術について論じたものです。
塩は微生物にとって「関門」だが、すり抜ける菌もいる
この論文では、塩(NaCl)が食品中の浸透圧を高め、微生物が利用できる水分(水分活性)を減らすことで、多くの微生物の増殖を抑える「選択的な関門」として働くと説明されています。一方で、発酵食品づくりに関わる有用な微生物の移り変わり(微生物叢の遷移)を後押しする面もあるとされます。
ただし、すべての微生物がこの関門で阻まれるわけではないようです。リステリア・モノサイトゲネス、黄色ブドウ球菌、ボツリヌス菌といった、塩分の高い環境でも生き延びられる「耐塩性」の病原菌は、塩によるバリアを突破するだけでなく、塩の存在下でかえって熱に対する抵抗力が高まる「交差防御」と呼ばれる現象を示す場合があると報告されています。これは、単純に塩を減らせば安全というわけでもなく、逆に塩を保てば万全というわけでもない、減塩と食品安全性の間にある構造的な難しさを浮き彫りにするものだと論文は指摘しています。
塩を好む微生物たちの多様な役割
論文ではさらに、塩を好む、あるいは塩に強い性質を持つ細菌・カビ・古細菌といった多様な微生物群にも注目しています。これらは食品ごとに異なり、食品の腐敗に関わることもあれば、発酵や風味づくりに貢献することもあるとされ、その機能的な役割が食品の種類ごとに検討されています。
見えない菌を見つける技術と、塩に頼らない新しい防御策
この論文が特に重視しているのが、微生物を分析・制御するための新しい技術です。従来、微生物の検査は菌を培養して調べる方法が中心でしたが、塩による浸透圧ストレスを受けた病原菌の中には、培養しても検出されにくい「生きているが培養できない状態(VBNC)」になるものがあり、これが見落としの原因になり得ると指摘されています。これに対し、メタゲノム解析や次世代シーケンシングといった手法を使うことで、この限界を克服できる可能性が示されているとのことです。
また、塩の濃度に頼らない新たな防御策として、有用微生物を活用した「バイオプリザベーション」、発酵や保存に役立つ「保護的スターター培養菌」、そしてCRISPR-Casという遺伝子編集技術を使って改良された菌株なども取り上げられています。これらは塩分濃度とは独立したバリアとして働き、減塩によって弱まった防御力を補える可能性があるとされています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この論文は、特定の実験を行った研究報告ではなく、これまでの知見を整理・分析した総説(レビュー)論文です。論文では、これらの分析技術や新しい防御策は、それぞれが単独の解決策として機能するのではなく、複数の防御手段を組み合わせる「多層的なシステム」の一部として機能するものだと結論づけられています。そのうえで、減塩・保護培養菌・非加熱処理といった要素が互いにどう影響し合うかを定量的にモデル化する研究が今後必要であり、それがHACCPのような食品安全管理の仕組みや、より安全で塩分の少ない塩蔵食品の開発を支える科学的根拠になるだろう、と今後の展望が述べられています。
まとめ
塩は微生物を抑える便利な道具である一方、一部の病原菌はその関門をすり抜け、時には塩の存在でかえって頑丈になることさえあるとされています。この論文は、減塩と食品安全性を両立させるには、塩だけに頼らない複数の防御策を組み合わせる発想と、それを裏付ける精密な微生物検査技術の両方が重要になると示唆しています。塩蔵食品の未来を考えるうえで、興味深い視点を与えてくれる総説と言えそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:塩蔵食品の微生物生態学:保存性、安全性、革新技術(フード・コントロール・2026年08月)